ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』さんで、人材育成に関するコラムを連載させていただいております。
第17回はのテーマは『貞観政要に学ぶリーダーシップとコーチング』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。
最強の帝王学「貞観政要」
「貞観政要(じょうがんせいよう)」は最強の帝王学、あるいはリーダーの教科書とも呼ばれる古典的名著です。遣唐使によって日本に持ち込まれ、長期政権をなし得た徳川家康にも読みつがれたと言われており、リーダー哲学や、組織マネジメントにおいても深い考察を得ることができるため、ビジネスリーダーはもちろん、管理職の皆様にも参考になる一冊です。
一方で、古典ならではの難しさ、そして歴史背景を知らないと理解が難しい箇所もあり、正直いくら良い本と言われても読むのが辛いというのが本音の一冊です(苦笑)。
貞観政要のあらすじ
唐の第二代皇帝「李世民(りせいみん)」は「中国史上最高の名君」と呼ばれており、貞観という時代は歴史上最も平和で最も栄えた時代と言われています。
そのような理想の時代を1000年に一人の名君と言われる「李世民」がどのように作ったのか、彼の思想や行動、そして彼が重要視したリーダーが陥る利己的考えや傲慢を戒めるために配置した「諫議大夫(かんぎたいふ)」と呼ばれるブレーン軍団とのやりとりが物語の中心です。
このストーリーから学べることは、リーダーはその能力や権力ゆえに利己的になりがちであり、それは自分では抑えることができないということを自覚し、それゆえに自分に苦言を与える人物を近くに配置することの重要性、またそれを聞き入れる度量をもつことこそが最強の帝王学であることを示しています。
今回は本の内容について直接触れることはしませんが、私達がリーダーやコーチとしてどのような振る舞いを身につけるべきなのか、またどのように人の意見を聞き、それを判断に活かすのか、ということについて書いてみたいと思います。
コーチングよりはリーダーシップに近い内容になるかもしれませんが、多くの能力開発を担う管理職の皆様の参考になると思いますので、是非ご一読ください。
李世民に学ぶリーダーシップ
貞観政要では優れたリーダーの特徴として以下のように紹介しています。
自分を制する心
リーダーはメンバー(フォロワー)のことを第一に考えなくてはいけない。実際に李世民は「民から搾取するというのは自分の足を食べて腹を満たすことと同じだ。」と述べています。
リーダーとは欲望を暴走させることが容易であるかこそ、自分の身を正すことが重要であり、自制心を維持することの難しさ、気持ちのゆるみや欲望を抑えることの難しさを自覚することが重要であると述べています。
「国家のため、万民のために誠意を尽くす」という姿勢はリーダーに最も期待される態度と言えるのではないでしょうか。
責任感と緊張感
危機の時には責任感を発揮し、平時の時には緊張感をだすことの重要性を説いています。実際に争いによって民が貧しくなり子供が売られると、売られた子どもたちを買い戻すために自らの資産を売却し、緊急事態には責任を果たしました。
一方で政治がうまくいきはじめた際には諫議大夫の中でも人一倍厳しかった魏徴に「全てがうまくいき人の忠告を聞かなくなったときは危ない」と諭され、平時にはあえて緊張感を出すことの必要性を説いています。
聞く力
ある日李世民が「名君と暗君の違いはなにか?」と諫議大夫に質問すると、「名君(優れたリーダー)は兼聴であり、暗君(愚かなリーダー)は偏信である。」と答えています。
兼聴とは多くの臣下の意見に耳を傾けること、偏信とは気に入った臣下の意見だけを信用することです。大切なのは聞く側の虚心坦懐(先入観を持たず、平常心や広い心で物事に臨む態度)、つまり功利損得を排して人の話を聞くということです。
私達はどうしても、自分の意見を肯定してくれる人(YESマン)の話を聞きがちで批判的な人を排除してしまいますし、序列や年次で先入観をもって話を聞いてしまう癖をもっています。それを自覚していたというのが李世民の偉大たる所以と言えるのではないでしょうか。
実際に私達の周りでも部下の忠告を真面目に聞き入れるリーダーは極めて稀であり、リーダーに反論したり気に入らない意見をすればの怒りに触れて更迭や降格させられたりするのは現代でも常ではないでしょうか。
優秀な人材を仲間にして自由に意見を話させる
諫議大夫(かんぎたいふ)の中でも李世民(りせいみん)に最も信頼されたと言われていてる魏徴(ぎちょう)は実は元天敵の家臣であった人物で、李世民の殺害を主張し続けていた人物です。そんな謂わば自分の宿敵を諫臣(かんしん=皇帝の欠点や過失を指摘して忠告する役割)に任命しています。
これは魏徴が非常に優れた人物であったことは言うまでもありませんが、いくら優秀とはいえ、過去には自分を殺そうとした人物を常に身近に置き続けたことが李世民の最も優れたところと評価する人もいます。
後に元(げん)王朝の初代皇帝となるフビライ・ハンも「魏徴のような人物を求めよ。そのような人物がいなければ、魏初に似たような人物を求めよ」と言い、死ぬまで自分に諫言(かんげん)してくれる人を探し続けていたと言われています。
諫議大夫に学ぶコーチング
李世民の過ちをいさめ、国家の利害得失などについて忠告する役目を担った諫議大夫こそ、偉大な名君李世民を育てたコーチと言えます。
皇帝を支えるブレーンでもあり、皇帝として間違った態度や判断をしないようにするためのお叱り役とも言えます。
魏徴は李世民に対して200回以上の諫言(目上の人の欠点や過失を指摘して忠告すること。いさめること。)をしたと言われていますが、魏徴が64才で亡くなったとき李世民は「人を鏡とすると、自分の行為が当を得ているかどうかわかるものだが、私は鏡とすべき人物を失った」と涙を流し嘆いたと言われています。
これまでコーチングでは相手を「否定しない」で肯定することの重要性、自己重要感を満たすために「褒める」、などの相手に動機を与えるということを学んできましたが、貞観政要では君主である李世民が、部下である諫議大夫(中でも魏徴)にに苦言を言われる度に反省しながら成長する姿勢が描かれています。
これまでは部下や後進の育成についてが前提だったのに対して、諫議大夫は上司の育成がテーマになっていますから、この違いにも注目して見ると面白いと思います。もちろんこれは李世民が自分に対する苦言や忠告を真面目に聞き入れる偉大なリーダーであったという前提ですので真似するのはご注意を…
リーダーとしての心構え(まとめ)
リーダーであれ、コーチであれ、私達は「万民(顧客、従業員、株主、取引先)のために誠意を尽くす」という役割を担っていることを自覚し、そのために年齢や役職に関わらずどんな人の話も先入観なく聞き、特に自分に対する批判的な意見をもつ人の言葉を受け入れる度量を持つこと、そうした能力があると思った人には仲間にして自由に発言できる権限を与える、というのが私なりの貞観政要のまとめです。
あなたの身近に李世民のようなリーダーはいるでしょうか?
またあなたには魏徴のようにあなたに苦言を言ってくれる人は傍にいるでしょうか?