ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』で、人材育成に関するコラムを連載させていただいております。
第48回はのテーマは『組織の合意形成はなぜ難しいのか?リーダーなら知っておきたい「思想のジレンマ」について』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。
私たち人間は誰もが異なる「価値観」や「思想」をもっています。これは単純にいうと、ヒトは物事の「良さ」や「正しさ」について異なる判断の物差しを持っているということであり、その判断の物差しは、時代、場面、年齢などによっても刻々と変化をしていきます。これこそが、組織における対立の原因であり、合意形成の難しさであり、これは会社という小さな社会だけではなく、地域、国家、社会というレベルにおいても発生するジレンマなのです。
考え方の基盤となる4つの思想
平等主義
平等主義は、すべての人々が平等であるべきだという考え方を重視する思想です。この観点からは、個人の機会の平等、すなわち教育や職場での活躍機会や、従業員に与えられる権利は平等であるべきだと主張します。平等主義者は、個人の特性(能力、知識、地位、成果)に関わらず格差を縮小することを目指し、これが公正な社会を形成する基盤だと考えます。
社会主義
社会主義は、経済資源が共同で所有され、公平に配分されるべきだと主張する思想です。これには、資本や生産を主権者が管理することや成果の再分配が含まれます。社会主義は、社会全体の幸福と福祉を最大化し、経済的な不平等を是正することこそが健全だと考えます。
自由主義
自由主義は、個人の自由と権利を最優先に考える思想です。経済的自由、表現の自由、個人の選択の自由など、個人が自己の能力と選択に基づいて行動できることを重視します。自由主義の下では、市場経済や民主主義が好まれる傾向があるのは、個人の考えの自由の総和を重視するという前提からです。現代社会における自由主義は「好き勝手にやっていい」という解釈ではなく、「正の自由」「善の自由」という文脈で善や正義を自由に解釈されています。
功利主義
功利主義は、ある行為の正当性をその結果によって評価する思想です。最大多数の最大幸福を目指すことを基本原則とし、その行為がもたらす結果が全体の幸福に寄与するかどうかで判断されます。結果が個人または集団にとって最善であれば、その行為は正当化されます。現代の企業活動において最も浸透している考え方です。
企業内でのコンフリクト事例
こうした考え方の違いによって、企業ではさまざまな対立が生まれ、それが合意形成を難しくします。
平等主義と自由主義の衝突
とある企業で、昇進と給与体系を巡る議論がありました。平等主義的な考え方の人々は、会社の利益が上がっているのだから、全員が平等に昇給のされるべきだと主張する一方で、自由主義的な思想の人々は、成果は組織の中にいる個人の判断や行動の結果であり、利益に対しては個々の成果と貢献度に基づいて報酬が決定されるべきだと考えました。
社会主義と功利主義の衝突
別の企業では、予算の配分を巡って対立がありました。社会主義を支持する管理層は、リソースを部門間で平等に分配することを提案しましたが、これは全社的な効率を損なう可能性があるとし、功利主義を支持する管理層は、リソースを最も効果的に使用できる部門に集中的に配分することを支持しました。この結果、特定のプロジェクトや部門が他よりも優先され、不遇になった一部の従業員からは不公平だと不満の声が上がりました。
これらの例からわかるように、企業内での思想の違いは、戦略、人事、資源配分の決定に大きな影響を及ぼす可能性があります。例えば、給与体系の設計、プロジェクトのアサインメント、資源配分の決定などがそれに該当します。
思想の源泉となる価値観の形成要因
こうした個人の思想は、さまざまな価値観から形成されますが、価値観は大きく5つの要因によって決定されると言われています。
物質的価値観は、物質的な富や物的な所有物を重視します。物やお金がある人とそうでない人では考え方が違うのは当然ですし、社会的価値観は、人との関係や社会的地位に価値を置きます。家族や友人に恵まれた人や、社会的地位がある人とない人でも考え方は異なります。また精神的価値観は、個人の信念や宗教的、哲学的な考え方に影響されます。政治や宗教観で対立が起こることからもわかります。身体的価値観は、健康や体力によっても人の考え方は変わります。若い頃と年配になってからで考え方が変わる理由の一つにも、こうした健康的価値観が影響しています。最後に、人間的価値観は、個人の自尊心や倫理観、公正さなどを重視します。持って生まれた先天的なものや、人生での経験や教訓、あるいは読書など得た知識も人間的価値観の形成につながります。
日本図書館協会の「図書館の自由宣言」で「利用者の読書事実を外部に漏らさない」というのがあるのは、読書履歴が個人の思想に影響を与えているという原則からです。
多様性の時代を生きるリーダーに求められる思想と哲学
日本の高度成長期には、同じ思想を持った人々が集まっていました。
それはベビーブーマーに代表される「同世代」であり、扶養制度による「男性(同性)」中心の社会であり、同じ日本人の集団であり、情報といえば新聞とテレビのみで、思想が統一されていたため、合意形成が比較的容易でした。
一方で現代の組織においては、年齢、性別、国籍、宗教などのさまざまな背景を持つ人々が集まり、さらに得られる情報もインターネットの普及によって媒体が多様化していますから、こうした思想による意見の多様化は増しています。
現代のリーダーには、リーダー自身が持つべき思想や哲学を確立しつつ、それをビジョンや理念として発信しながら、メンバー多様性を理解し、異なる考えに対して包容力を持ち、それを組織の強みに変えることが求められます。
また、異なる価値観を持つメンバー間で対立が起こった場合には、こうした思想的背景を理解したコミュニケーションを行うことが重要です。
組織内の合意形成はいつでも難しいですが、リーダーが思想のジレンマを理解し、それを管理する方法を学ぶことで、より健全で生産的な職場環境を作ることができます。