ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』で、経営に関するコラムを連載させていただいております。
第9回はのテーマは『なぜ企業は間違った判断をするのか?意思決定のセオリーと罠(前編)』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。

ゴルフ場に限らず、どんな製品やサービスでも、高収益を上げている企業に共通するのは顧客に選ばれている理由が存在していることです。その「選ばれる理由」はビジネスの世界では、他社には模倣困難な「独自性」や「競争優位性」とされ、そうした他社にはない「強みや圧倒的な差」を構築することを「差別化戦略」と呼ばれます。
しかし現状の日本のゴルフ場業界では、多くのコースがこうした「選ばれる理由」を打ち出すことに苦戦しており、その結果としてサービスや価格が他社と似通ってしまいがちです。
本稿では、日本のゴルフ場が陥りがちな「コモディティ化の罠」について分析し、ビジネスにおける差別化のメリットと重要性を再確認した上で、差別化の具体的な種類と進め方、さらに差別化戦略のデメリットやリスクについて考察します。最後にそれらを踏まえ、日本のゴルフ場経営者が実践すべき差別化戦略のポイントをまとめます。
日本のゴルフ場が陥っているコモディティ化の罠
バブル期に多数開発された日本のゴルフ場は、現在その多くが似たような施設、コース、サービス、価格帯で営業しており、顧客から見ると「どのゴルフ場も大差がない」状態に陥っています。さらにネット予約の台頭により集客方法まで横並びとなり価格競争が主戦場となっています。こうしたコモディティ化(製品やサービスの画一化)の背景には、過去のビジネスモデルを踏襲し続け、新たな付加価値の提供に踏み出せなかったことがあります。
「他コースと同じサービスをより低価格でやる」という戦略(コストリーダーシップ戦略)は、大規模な資本を持ち、「規模の経済性(事業の生産規模が大きくなるにつれて、製品やサービスの単位あたりのコストが低下し、競争上有利になる現象)」を発揮できる大企業が取れる戦略であり、独立したゴルフ場は集客のための価格訴求(値下げ)に陥ると収益性はますます低迷し、その結果、競争優位性や独自性を構築するための設備投資や人材投資も難しくなるという悪循環に陥ってしまいます。
ビジネスにおける差別化のメリットと重要性
差別化戦略を実行することは、特に独立系ゴルフ場の経営には多くのメリットをもたらします。第一には価格競争からの脱却です。他社にはない価値を提供できれば、顧客は価格以外の魅力でゴルフ場を選ぶようになり、単純な値下げ合戦に陥らずに済みます。その結果、料金を必要以上に下げなくても適正な価格設定で集客が可能となり、利益率の向上につながります。
第二に、明確な差別化によってブランドイメージが向上し、熱心なファンやリピーターを獲得できる可能性が高まります。独自のコンセプトやサービスに共感した顧客はロイヤルティ(忠誠心)を持ち、多少価格が高くても継続的に利用してくれるでしょう。つまり差別化戦略は、短期的な収益改善だけでなく、長期的な競争優位の確立にも寄与する重要な施策なのです。
差別化の具体的な種類と進め方
では、具体的にゴルフ場はどのような観点で差別化を図り、戦略を進めていけばよいのでしょうか。まず前提として、差別化策を検討する際には市場や顧客ニーズの徹底調査と競合コースの綿密な分析が欠かせません。ターゲットとなるプレーヤーのニーズや、競合コースの利用で不満に感じている点を洗い出し、自コースが提供できる強みと照らし合わせることで差別化のヒントが見えてきます。
また、競合が得意とする領域をあえて外し、自社ならではの価値を追求する戦略も有効です。加えて、差別化要因にはすぐに変えられない構造要素(立地・規模・伝統など)と、努力次第で改善可能な要素(サービス内容・接客・価格設定・販促・顧客関係など)の2種類があります。前者は工夫で補い、後者は企業努力によって独自性を高める余地があります。
差別化の種類としては多岐にわたりますが、施策を実行する際のポイントとしては、差別化ポイントはお客様が価値を感じ、認識していることが重要です。他コースと違う取り組みを導入しても、それがお客様に伝わらず魅力と思われなければ意味がありません。そのため、打ち出した独自のサービスや強みは積極的に情報発信し、自社の「ウリ」として認知活動をすることが必須です。
差別化のデメリットとリスク
メリットが多い一方で、いくつかのデメリットやリスクにも注意が必要です。まずコスト面では、差別化には追加の設備投資や運営コストが伴い、料金を上げざるを得ない場合があります。その際、価格上昇に見合う価値を顧客が感じなければ、かえって敬遠され、安価な競合に顧客が流れてしまう可能性があります。また、差別化を構築・維持するためには「組織能力」や「継続的な改善」が求められるため、そうしたチームや個人を評価する人事評価制度も見直す必要があります。
実際に私が見てきた差別化の失敗例のほとんどは、認知不足や、組織を動かす仕組みが不足したために不完全燃焼で終わってしまうケースです。
差別化の成功と失敗を分けるのは、アイディアの良し悪しではなく、この認知と組織能力の発揮がより重要であると認識しておきましょう。
また仮に差別化はうまくいっても、それが競合に模倣され、時間とともに優位性が薄れるリスクもあります。これらのリスクを認識した上で、慎重かつ計画的に差別化戦略を推進することが重要です。
まとめ
日本のゴルフ場経営において、高収益を実現するためには「自社が顧客に選ばれる理由」を明確に打ち出すことが不可欠です。多くのゴルフ場が陥りがちなコモディティ化の状況から抜け出すには、他にはない独自の強みや価値を築く差別化戦略が鍵となります。その際、自社のリソース、顧客ニーズ、競合への不満から差別化ポイントを見極め、組織を挙げて施策や改善を執行できる制度や仕組みを取り入れることで、初めて成功の確率が高まります。
最後に強調したいのは、差別化戦略は決して奇を衒うことではなく「顧客にとっての価値」を高めることで「選ばれるポイントを作り出す」という点です。他社にはない魅力を提供できた時、初めて顧客はそのゴルフ場を選ぶ理由を感じてくれます。日本のゴルフ場がそれぞれの地域や歴史、資源を活かした独自性を打ち出し、「ここだからこそ味わえる」価値を創出していくことで、業界全体の活性化と持続的成長にもつながると信じています。


