ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』さんで、人材育成に関するコラムを連載させていただいております。
第16回はのテーマは『人間関係のバイブル「人を動かす」から学ぶ人材育成のコツ』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。
「人を動かす(デール・カーネギー著)」という本をご存知でしょうか?1937年に出版された古い本ですが、米国の歴代大統領が絶賛していることからも分かるように、コミュニケーションの必読書として世界累計1500万部以上が出版され、現在でもベストセラーとされる名著です。
部下やチームメンバーとの関係に悩んでいる人、家族や友人との人間関係に悩みがちな人、仲間を集めて一つの目標を達成したいと思っているコーチやリーダーにおすすめの本ですが、今回はこの中から人材育成に大切なポイントを挙げながらエッセンスを学んでみましょう。
ポイントは自己重要感
実はこの本のタイトルは日本語では「人を動かす」と意訳されていますが、原題は「How to Win Friends and Influence People = 友人を獲得して人々に影響を与える方法」で、その内容は「人を動かす3原則」「人に好かれる6原則」「人を説得する12原則」「人を変える9原則」の合計30の原則から成り立っています。
30もあるのかーと思いますが、よくよく読んでいくと「相手を批判しない」「相手を褒める」「相手のメリットを提示する」という3つの事が繰り返し書かれていることに気づきます。そしてそれらの原則の根っこになっているのが「自己重要感」という概念です。
自己重要感は「自分は重要な人物であると思われたい」という人間がもつ根源的な欲求です。人間心理学の生みの親と言われるマズローの「承認欲求」や、心理学者高垣忠一郎博士の「自己肯定感」、バンデューラが提唱した「セルフ・エフィカシー(自己効力感)」とも似ています。
人間は「自分が有能であるという自信」と「自分には価値があるという自尊」の2つの要素から成り立っていると言われており、それが欠如してしまうと生きる意欲を失ってしまったり、人格形成や情緒が不安定になると言われています。
実際に人は思考している時間の85%以上は自分の事を考えていると言われていますし、あるテレマーケティング会社の調査によると会話の中で最も多く使われる単語は「私」だそうです。
私もあなたも考えているのは常に自分自身のことや、自分の価値についてであり、他人(会社の事や、上司のこと、顧客)のことなど実際にはほとんど考えていなのです。
さらに一般的には幸福の要素と思われているお金や名誉でさえも、それを持っていれば他人から尊重される(自己重要感が高まる)からだと言われています。要するに私達に人間にとって「自分の価値を認めてもらう」ことや、「自分を尊重してもらう」ことは、生きる意味そのものであり、最も必要且つ、最も渇望する欲求といえます。
自己重要感を与える
本書にもある「釣り針には魚の好物をつけろ」という格言の通り、相手が最も渇望している欲求を満たすことで、こちらの要求やお願いを聞いてもらいやすくなりますというのが「人を動かす」で語られている内容です。
では早速、自己重要感を満たすための重要な3つの方法を見ていきましょう。
相手を批判しない
騙しや盗みをする犯罪者のほとんどでさえも、自分が悪いと思っている人はごく少数で、「自分の身を守っただけなのに」「誰も助けてくれなかったから仕方なかった」「社会のルールがおかしい」「自分は良いことをしたつもりだ」と思っているというデータもあります。
アメリカで最も有名なギャングで酒の密造・販売・売春業・賭博・強盗・殺人などあらゆる悪行をした「アル・カポネ」も自分のことを「慈善事業家」である本気で考えていたそうです。
たとえばあなたのパートナーが喫煙者であって止めてほしいと思っても、喫煙を非難すればするほど対抗心が高まって、やがてそれは喫煙という行為ではなく、人に向けられてしまいます。
自分が気に入らないどんな相手の行為でも、相手には相手の正義があり、批判されて「すみませんでした」と思う人はいないのです。
褒める
鉄鋼王と呼ばれ、アメリカで史上2番目の大富豪といわれるアンドリュー・カーネギーは、USスチールの初代社長に高学歴でもなく鉄鋼の専門技術に長けたわけでもない35歳と若いチャールズ・シュワッブを抜擢しました。週給50ドルが高給とされていた時代に、カーネギーはシュワブに対して年間100万ドル以上の報酬を支払ったそうです。その抜擢に理由は「人を褒めるのに長けていた」ということでした。
実際にシュワブは次のように語っています。
「私には、人の熱意を呼び起こす能力がある。これが、私にとっては何物にも代えがたい宝だと思う。他人の長所を伸ばすには、ほめることと、励ますことが何よりの方法だ。上役から叱られることほど、向上心を害するものはない。私は決して人を非難しない。人を働かせるには激励が必要だと信じている。だから、人をほめることは大好きだが、けなすことは大嫌いだ。気に入ったことがあれば、心から賛成し、惜しみなく賛辞を与える」
そんな人間関係の天才と言われたシュワブを抜擢したカーネギーの墓碑には「己よりも賢明なるものを身辺に集むる法を心得しものここに眠る」と刻まれています。
私達はついつい「できて当然のことだから」、「そんなこと当たり前のことだからほめるに値することではない」といって、ほめないでいるのが普通になっていませんか?
相手のメリットを提示する
あなたは自分のメリットにならないことを率先して引き受けますか?例えば「その人が好きだから儲からないことでもやった」ということもあると思いますが、それもその人との関係を持続させる、あるいは好意を得るというメリットに基づいてやったとも言えます。よほどの内発的動機がない限り、あなたのメリットのために相手が動いてくれることは奇跡に近いと言ってもいいでしょう。
では、どうすれば相手のメリットとなる提案ができるのか?
同じく3000万部という世界的ベストセラーの「7つの習慣」でも「第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」と言われるように、相手の話をよく聞き、相手のことを理解するということです。
私もよく「この会社がよくなることであなたにどんなメリットがありそうですか?」とか「お客様が喜んでくれると皆さんにとってどんなメリットがありますか?」という問いを研修などで課題にします。
これは良い仕事や良い成果を挙げることのメリットに自分自身で気づいてもらうための問いです。
実はリーダーほど自己重要感を与えられている
私がこの本を読み返すたびに思うことは、経営者や管理職といったリーダーはこうした重要感を日常的に感じられているので有能なんだということです。
ほとんどのリーダーが、後輩や部下には批判もされず、少しの成果でも「さすが部長」などと褒めてもらい、意思決定の際には常にメリットについての説明をもらっています。もちろん「そのポストに就くまでの実績や努力があったのだから当然じゃないか」と思う気持ちも分かりますが、もしあなたと同じように部下も大切にされたら、どんな風に変わるでしょうか?
社員の一人ひとりが「私はこの会社にとって重要だ」と思えるためにあなたができることを考えてみましょう。