ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』さんで、人材育成に関するコラムを連載させていただいております。
第28回はのテーマは『水辺の馬から学ぶコーチング』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。
外国のことわざで「馬を水辺に連れていくことはできても、喉の乾いていない馬に水を飲ませる事はできない。(You can lead a horse to water, but you can’t make him drink.)」があります。人材育成によく用いられる言葉ですが、文字通り、人は他人に対して機会を与えることはできるがそれを実行するかどうかは本人のやる気次第である。
やる気のない人間にいくら教えても無駄という意味です。このことわざに沿って言うのであれば、喉の渇きを作り出す(喉の渇きに気づかせる)のもコーチングということになります。
XY理論
1950年代後半にアメリカの心理・経営学者ダグラス・マクレガーが著書『企業の人間的側面』の中で提唱したマネジメント理論です。
X理論は「人間は本来なまけたがる生き物で、責任をとりたがらず、放っておくと仕事をしなくなる」という考え方に基づき、命令や強制で人材を管理し、目標が達成できなければ懲罰といった「アメとムチ」によるマネジメント傾向が強くなります。
Y理論は「人間は本来進んで働きたがる生き物で、自己実現のために自ら行動し、進んで問題解決をする」という考え方に基づきます。労働者の自主性を尊重するマネジメントとなり、労働者は高次の欲求を持っているので、目標や責任を与える傾向が強くなります。
シンプルに言えば、X理論は性悪説、Y理論は性善説に基づいているとも言えますが、このセオリーが話題になった背景として、1950年代は「アメリカの世紀」とも呼ばれるほどの高度成長期であり、この頃人々は低次の欲求(安全欲求や生理的欲求)のために働く時代から、高次の欲求(社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求)に動機づけられて働いているという考え方が主流でした。
マグレガーは、低次元の欲求が満たされている人に対してはX理論による経営手法の効果は期待できず、Y理論に基づいた経営方法が望ましい、と主張しています。
しかし現実的には、この2種類のどちらかにすべてのメンバーを明確に分類することは難しく、実際に私達自身も日によって仕事を面倒に感じて怠けたいと思う瞬間もあれば、仕事にやりがいを感じ成長や達成を感じる瞬間もあります。
ですからこの理論のコーチングへの活用としては、メンバーをY理論に近づけていくということ、すなわち冒頭に書いた喉の乾き(動機)を与えるということになります。
肉体の渇きと、心の渇き
先程のXY理論に基づいて渇きについて考えてみると、X理論の渇きは低次の欲求です。例えば生活のために働いている、家族を養うために働いている、だから我慢して働いているという状態です。
一方でY理論の渇きというのは高次の欲求ですから、お客様に喜んでいただきたい、仕事の課題や目標をクリアして達成感を味わいたい、仕事を通じて成長したい。という状態です。
すなわち前者は外的な動機=肉体の渇き、後者は内的な動機=心の乾きということになります。
X理論のメンバーがY理論のメンバーになるためには、この心の渇きに気づかせるという過程が必要です。
具体的には課題設定や目的を自ら定め、解決策を決め、それを計画的に実行するという過程を一緒に作ってあげることです。
実際に動機付けの研究者であるエドワード・L・デシによれば、内発的動機付けには有能感と自己決定感が強く影響しており、仕事をする中で「能力を発揮できている」という感覚がある時、また「自分自身で目的を定め、計画を立て、実行している」という感覚があるときに、内発的動機を得やすいと言われています。
このことから、仕事のポジティブな面、特に非金銭的報酬(仕事を通じて得られる知識・技術・人脈・顧客や同僚からの称賛や感謝など)に焦点を当て、それが自分に必要であると気づいてもらうことが喉の渇きとなるのです。
内発的動機を台無しにするアンダーマイニング効果
一方で内発的に動機づけられていた行動に対して、金銭的な報酬を提示されると動機が弱まったり、パフォーマンスが落ちるという研究結果があります。
これはアンダーマイニング効果(過正当化効果)ともよばれます。 「役に立ちたい」「達成したい」という内発的動機付けにより行動したことに対して、「報酬を与えられる」「罰などの圧力をかけられる」などの外発的動機付けにより、やる気が削がれてしまう心理現象です。
先程に例えて言えば、お客様に喜んでもらいたいと思ってやっていることに多額の報酬を与えられると、利他の心でやっていたことが、いつの間にか利己の心でやっているような感覚になってしまいパフォーマンスが落ちるということです。
また前述したように私達は有能感や自己決定感によって動機を高めていくので、報酬や罰など他者から統制されていると知覚することでアンダーパフォームしてしまうというケースもあります。掃除をしようと思っていたのに、掃除しろと言われるとやる気が無くなるなども良い例です。
水辺の馬から学ぶこと
「馬を水辺に連れていくことはできても、喉の乾いていない馬に水を飲ませる事はできない」ということわざは、人をやる気にさせることのむずかしさを示唆している奥深い言葉ですが、ただ水を飲ませるのではなく、心の渇きに気づいてもらうという視点で内発的動機付けやアンダーマイニング効果について書いてみました。
もし読者の皆さんの周りに「生活のために仕方なく働いている」そんな水を飲まない馬のようなメンバーがいるのであれば、その動機を報酬という水で満たすのではなく、顧客や同僚からの称賛や感謝の水の素晴らしさに気づいてもらえるといいですね。