ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』さんで、人材育成に関するコラムを連載させていただいております。
第26回はのテーマは『自分でやった方が早い病を克服する』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。
「まわりの人への任せ方がわからない」「いい仕事があがってこないから任せたくない」「教える時間がないから自分でやる」。これが「自分でやった方が早い」という病です。今回は小倉広さん著書の「自分でやった方が早い病」を参考にしながら、「仕事の任せ方」「人の育て方」について考えてみたいと思います。
仕事ができる人ほど、人を育てるのが苦手
実際に仕事ができるビジネスパーソンほど、自分で多くの仕事を抱えがちです。
他人に指示して、やり方を説明して、上がってきた成果物をチェックして、結局作り直す…。そんな二度手間、三度手間になるくらいなら、「自分がやった方が早く、正確に、質の高い成果物を作れる」と思ってしまいついつい自分でやってしまう。その結果、抱えている仕事の量が増えて、いつも仕事に追われている。そんな状態になっていないでしょうか?
このように個人に業務が集中すると「業務の停滞」「バス因子化(※)」「業務が奪われることによる周囲のモチベーションの低下」「労働時間や精神的重圧により健康を損なう」などの害が出てきます。
その一方で「部下が育たない」「安心して仕事が任せられない」と周囲に愚痴をこぼしてしまう。そんなあなたは「自分でやった方が早い病」かもしれません。
自分でやった方が早い病チェック
□メンバーが出したアウトプットの細部に手を加えて自分で仕上げてしまう
□ 誰も手が挙がらなそうなタスクは「じゃあ私がやります」と引き取ってしまう
□ 「誰かに依頼するより自分でやったほうが楽だ」と判断して業務をこなしてしまう
□たまに孤軍奮闘しているような気持ちになる。
自分でやった方が早い病の原因は「利己主義」
「自分でやったほうが早い」という言葉は、本来他人がやるべき仕事を代わってやってあげているという親切に見えるかもしれませんが、本当にそうでしょうか?
今のあなたがあるのは、過去に多くの仕事を経験してきたからであり、小さなものから大きなものまで失敗を経験し、それを次の仕事に活かし、そうして成長してきたからではないでしょうか?「自分でやったほうが早い」はそんな誰かの貴重な成長の機会を、あなたが奪っているという見方もできるのです。
もしあなたが失敗のリスクを恐れて、失敗しないためにあなただけが努力をしているのだとしたら、そんな失敗を許さない上司の元で部下は育つのでしょうか?
「みんなのために身を粉にして働いているんだ」と思っているのはあなただけで、「自分でやったほうが早い」は「利己主義」とも言えるのです。
そしてそんな利己主義の先にあるのは、プロジェクトの成功の打ち上げをひとり家で缶ビールを開けるという孤独な成功者の姿です。
一人で10の成果よりも、10人が1の成果を
会社という大きな枠組みの中で見ると、あなた一人が10の成果を出せる人であったとしても、それがバス因子となって、もしあなたが怪我や急病で出社できない状態になってしまったら、組織の成果は0になってしまいます。一方でメンバーが1ずつの成果を出していれば、一人欠けても9の成果が出せる組織ということになります。
後者の方が組織として強いことは言うまでもありません。
またイエローハット創業者の鍵山秀三郎氏の言葉:「人間には3つの幸せがある」と言います。
・してもらう幸せ
・自分でできる幸せ
・してあげる幸せ(させていただく幸せ)
「してあげる幸せ」は誰かの力になる、誰かを助けてあげることで、相手以上に自分自身が幸福を得られるということです。アドラーの「嫌われる勇気」でも『人は自身が役に立っていると実感したときにのみ自身の価値を実感できる』と書かれています。「自分でやった方が早い」は「あなたがしてあげる幸せ」であり、あなたの幸せになっているかもしれませんが、メンバーの幸せにはなっていないのです。
そして優秀なコーチやマネージャーというのは、この「してあげる幸せ」をメンバーに実感させてあげられる人なのです。
10人が1の成果を出しながら10の成果になる状態というのは、メンバー全員が3つの幸せを実感できる状態ということなのです。
仕事を任せることと、仕事をふることは違う
では実際に仕事を任せたら、あなたの仕事はラクになるのでしょうか?それは大きな間違いです。「仕事を任せる」とは、労力も忍耐も「自分でやる以上」に大変なことであるという認識が必要です。
仕事を任せる、仕事をふる、仕事の丸投げ、の違い
仕事を任せるとは、その仕事に対しての権利を与えることです。
権利とは「決める権利」であり、そしてその決断や判断によって「失敗する権利」です。
任せるとは失敗が前提であり、また決める過程において、メンバーは不安になり、何度もあなたに相談してきたり、チェックを依頼してきたりするでしょう。その時もあなたは指示や決断をすることなく、答えを教えるのではなく、答えにたどり着くための道筋や考え方を伝えて本人に決断を促すのです。こんなやりとりを何度もしていたら「自分でやった方が早い」と思ってしまうと思いますが、「任せる」というのは判断も含めて任せることなのです。だから任せてもあなたの仕事が減ることはありません(笑)育成とは手間や労力が伴うものなのです。
一方で「仕事をふる」というのは決まった作業の一部を分担させることであり、判断を伴わない仕事です。これはただの作業であり、スキルの向上は期待できても、責任感やリーダーシップといった内面的な成長につながるものではありません。
「丸投げ」は責任だけを押し付けて、相談にものらないし、育成もしないという状況です。できる部下なら「自分で考えろ!」と丸投げしても成長できるかもしれませんが、多くの場合丸投げでいい思いをする部下はいません。
仕事を任せるときは、こまめな進捗確認、その仕事の目的や優先事項の確認、明確な期日設定、などのコミュニケーションをしっかりとって進める必要があります。
人を育てるには胆力が必要
「胆力」とは物事に対して怖がったり尻込みしたりしない「気力」や「度胸」、「勇敢さ」や「挑戦心」を指す言葉ですが、私は人材育成というのは、失敗を恐れないという胆力の賜物だという持論を持っています。
今回の「自分でやった方が早い病」も、失敗への恐れ、成果や評価への恐れ、批判や避難への恐れ、そうした恐れから逃れたいという気持ちが、「自分でやる」という最もラクで利己的な選択に至ってしまうのだと思います。
もちろん失敗が許されない場面や、失敗する余裕がない状況では、人の成長よりも成果が優先されるべきだと思いますが、一方でそうしたプレッシャーのかかる場面ほど、乗り越えたときの成長は大きなものになります。自分でやった方が早い病を克服するには、私達がリーダーとして胆力を鍛えるしかないです。