ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』で、人材育成に関するコラムを連載させていただいております。
第42回はのテーマは『お金で人はやる気になるか?お金よりも重要な動機づけ要因』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。
人手不足が深刻化する中で、ゴルフ場の仕事の平均年収は約358万円(2023年10月時点で求人統計データ参照)で、残念ながら日本の平均年収と比較すると低い傾向にあります。月給で換算すると30万円、初任給は20万円程度が相場となっており、アルバイトの平均時給がそれぞれ975円・パートや派遣社員では1,248円となっています。
これはゴルフ場の収益構造自体が脆弱であり、また成長率も低いことから、給与が上げられないという現状がありますが、ゴルフ場に限らず決して高待遇と言えない職場でも、特にこのコラムを読んでくださっているリーダーの皆さんは人材育成に奮闘されていると思います。
一方で、社員のモチベーションを上げる方法として、最も有効だと信じられている報酬を上げるという方法は本当に効果があるのでしょうか?
アンダーマイニング効果
アンダーマイニング効果とは過剰正当化効果とも呼ばれ、「金銭や賞品などの外発的インセンティブが、タスクを実行する人の内発的動機づけを期待に反して低下させる」という心理的作用を言います。
外発的な報酬が労働者などに代表される個人の勤労意欲や社会倫理に関する内発的動機付けを阻害し、そのパフォーマンスを低下させてしまうという心理学の研究から得られた知見で、労働者がその仕事に対して喜びを感じ満足しているような状況においては、とつぜん成果報酬型の評価制度に変更された場合、まるで自分がお金のために働いている感覚になってしまうことで、かえって仕事に対する満足度が低下しモチベーションが下がってしまうというものです。
アンダーマイニング効果のよくある失敗事例が「社員が報酬が低いことを不満に指示や方針に従わないので、報酬を連動させた評価制度を導入したら、よく働いてくれていた社員が退職してしまった」というものです。
良い社員というのは、自分の報酬のためではなく、会社やお客様のことを考えて働く社員のことですが、そうした社員は自分が行っている貢献行為(内発的動機づけ)が、ある日を境に金銭目的行為(外発的動機づけ)に変わってしまったことで、パフォーマンスや意欲が低下してしまうという事例です。
指示がなくても自律的に仕事に取り組むには?
指示がなくても自律的に仕事に取り組む状態を「ワークエンゲージメント」と言います。
「ワーク・エンゲージメント」は、オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli 教授らが提唱した概念 であり、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」 (熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義されています(厚生労働省)。
ワーク・エンゲージメントが高まると、自発的に仕事に取り組む割合が増加し、離職率の低減や顧客満足度の増加などの効果もあるとされています。
このワーク・エンゲージメントを高めるうえで重要とされているのが、①就業条件(キャリア開発の機会、雇用の安定性など)、②対人関係や社会関係(上司によるコーチング、社会的な支援など)、③組織での仕事の進め方(意思決定への参加、コントロールなど)、④課題(仕事のパフォーマンスに対するフィードバック、正当な評価など)があります。
報酬による動機づけ以外の方法
報酬が低いことによって社員が業務に対して消極的になっている場合、アンダーマイニング効果に着目し、まずは内発的な動機付けを強化するアプローチを取ることが重要です。
業務の自律性を増やす:
従業員に自分の仕事に対するコントロールをもっと与えることで、仕事への所有感を高め、内発的な動機付けを促進します。例えば、どのようにタスクを完了するかについての自由を与えることがこれに該当します。
マスタリーの追求:
従業員が新しいスキルを学び、自己実現を図れるような機会を提供します。
研修や専門性の高い学習機会、知識や視野を広げるための出張などを提供することで、業務に対する関与を深めることができます。
目的感の明確化:
自分の仕事が会社の大きな目標や社会への貢献にどう結びついているかを明確にすることで、従業員の仕事に対する情熱を引き出すことができます。
承認とフィードバック:
金銭的報酬ではなく、定期的なポジティブなフィードバックや公的な承認を通じて、従業員の成果を認めます。これにより、彼らの内発的な動機付けを支えることができます。
社内コミュニティの強化:
チームビルディングの活動や社内イベントを通じて、社員間の繋がりと協力を促進します。これにより、仕事への熱意や帰属意識が高まります。
役割の意義を見いだす:
各従業員がどのように会社の成功に貢献しているかを理解し、その意義を感じられるようにします。
これらの戦略は、報酬を直接的に増やさなくても、従業員が業務改善や前向きな働き方によりオープンになるよう動機付けるために有効です。重要なのは、従業員が仕事に対してより良い意味を見いだし、自らの成長を感じられる環境を作ることです。
お金よりも賞賛と感謝
とはいえ賃金が低いことは不満の要因にはなりますから、ある程度の報酬は確保してあげることが必要ですが、これまで述べてきたように、報酬は不満の解消になるものの、満足にはつながらず、実際は報酬を上げても期待したようなモチベーション向上にはつながらないことの方が多いです。
一方で外発的な報酬であっても、言葉での評価(すごい、ありがとう)は、内発的動機づけを損なわず、むしろ向上させる効果があります。以前#13のコラムでも書きましたが、「ありがとう」を伝えている頻度は一日平均14.1回で、20代男性が最も多く29.4回、60代男性が最も少なく3.5回。男女ともに年齢が上がるにつれて「ありがとう」を伝えなくなる傾向があり、特に男性は50代以上になると大幅に回数が減少することが分かっています。
金銭的報酬の問題点を強調してきましたが、必ずしも金銭的報酬が悪いわけではなく、利益を社員に分配をすることはもちろん重要です。
やる気を引き出すのはお金ではなく、個人への感謝や賞賛であることを覚えておきましょう。