まえがき「ゴルフコースの感動を言葉にする難しさ」

あなたが生涯で最も感動したゴルフコースはどこですか?
ゴルフをしている人なら生涯で記憶に残るゴルフコースがあり、それは100人100通りの答えがあります。
しかし、何が良かったのか、なぜ楽しかったのか、なぜ美しかったのかをじっくり考えたことのある人は少ないと思います。
そのゴルフ場の素晴らしさを尋ねると、ある人は戦略性の素晴らしさを語り、ある人は造形の美しさを語り、ある人は歴史や土地の成り立ちや希少性を語り、最終的にはそれらのバランスが最も重要なのだという評論家の言葉に集約されていくこともあります。
その一方で、「美人」や「ハンサム」の定義がそれぞれに異なるように、結局は個人の趣向性によって決まるのだから答えなんてない、あるいは何を持って良しとするかを議論すること自体がナンセンスだという人もいます。
確かに、美しさ、楽しさ、快適さなど、形容する言葉の定義は人それぞれであり、答えなどないという結論こそが一つの答えとも言えるでしょう。
しかし、美しさや品質の高さや価値を可視化・言語化するという行為は、その時に感じたなんとも言えない感動や高揚といった曖昧さを伴った身体感覚を、他者へ伝える有効な手段となります。実際に私たちは超情報化時代を生きており、日々そうした言語によって他者の感情や思考を知識として理解することができます。
残念なことに、ゴルフ場評価は、有名設計者が作ったものだから良いものに違いないという「確証バイアス」や、歴史や名門と言う権威によって印象付けられた「アンコンシャスバイアス(無識の思い込み)」が多いのが実情です。
インターネットや大型重機もなかった時代に、ましてや海外への移動が今よりもはるかに困難で、本や情報も十分ではないにも関わらず、想像や創意工夫でゴルフ場を建設していった先駆者たちの情熱と努力、時代をつくったことへの尊敬は永遠に守られるべきですが、その歴史的先駆性や権威だけを評価の物差しにすることは、未来の文化発展の喪失を意味します。
絵画、音楽、舞台、料理や酒にいたるまで、あらゆる芸術や文化の発展に共通することは、そうした先人たちへのリスペクトの上に、それを越えようと挑戦する、今や未来の創造性を正しく評価することにあります。
しかしそれらに共通する問題は、文化的に「素晴らしい」と評価されるものの本当の価値を味わうという行為が許されるのは、一部のマニアと専門家にのみ許された特権のようになっていることです。
多くの消費者はそうした一部の専門家の評価と、専門家を利用する企業のマーケティングによって消費される側となるしかないのでしょうか。
専門家たちの曖昧な、まるでワインを詩に例えるような抽象度の高い講釈は、実のところ万人にとっては理解し難いものであり、そのポエムのような表現によって煙に撒かれるような違和感を感じた経験を持つ方は多いのではないでしょうか。
幸いにも私はゴルフ場建設やゴルフイベントに関わる過程で、世界で活躍する設計者、R&Aなどの協会の職員、シェイパー、アグロノミスト、エンジニア、そしてトップ100のパネリスト等と話す機会を得た上で、彼らに勧められたゴルフ場建設に関わる書籍も読んできました。
この投稿は、そんな彼らとのコミュニケーションから、名作や傑作と言われるゴルフ場は何が優れているのか、ゴルフ場の美しさは何よって定義されているのか、ゴルフ場が備えるべき機能やデザインという曖昧で抽象度の高いテーマを、コンサルタントの武器である思考のフレームワークと言語化によって一般ゴルファーにも分かるレベルで形式知にすることを試みたものです。
あなたがゴルフ場の専門家でなくとも、「そのゴルフ場はなぜあなたを感動させたのか」を語れることで、その感動は言語を通じてまた他のゴルファーへと伝わり、ゴルフという文化が持続的に発展していくきっかけになればと思います。
ゴルフ場を構成する3つの要素

ゴルフ場という空間は、一見すると芝とバンカーと木々が織りなす単純な風景に見えますが、構造的に分解していくと、実は三つの異なる階層によって成り立っていることが分かります。それは、「ルーティング(Routing)」「シェイピング(Shaping)」「ラッピング(Wrapping)」です。
ルーティングはゴルフ場の「骨格」にあたります。18ホールがどのように土地に配置され、どのような順序でプレーヤーが進んでゆくのか。ゴルフがゲームである限り、ルーティングという構造こそがゲームの面白さを決定する最上位のレイヤーに位置付けられます。
シェイピングはゴルフ場の「コンセプト」を体現する造形のレイヤーです。グリーンの形状、バンカーの輪郭、フェアウェイのうねり、マウンドの流れ。これらは単なるアートではなく、その土地の気候や歴史や自然と対話しながら設計者が描く立体的な表現です。このシェイピングが最も抽象度の高い階層ですが、今回の投稿では可能な限り具体的な説明を試みます。
そしてラッピングはゴルフ場の「印象」を決める仕上げのレイヤーです。芝の種類、植栽、アクセサリー類など、プレーヤーが視覚的・感覚的に最初に受け取る情報のほとんどはこの層に属しています。
この三層構造を理解することは、なぜ自分がそのゴルフ場に感動したのか、あるいは違和感を抱いたのかを言語化するための、フレームワークとなります。
これはワインをテイスティングするソムリエが「外観」「香り」「味」という3要素に分けて語るのと同じで、専門家がゴルフコースを評価する際の基本のフレームワークです。
どれか一つだけが優れていても名作にはならず、三つの層が一貫した思想のもとに調和したとき、ゴルフ場ははじめて「作品」と呼ぶに値する存在になるのです。
ゴルフ場の骨格を決める「ルーティング」

ルーティングとは、18ホールの配置と、それぞれのホールが描くプレーのルートを指します。ゴルフ場をゼロから設計する場合、設計者がまず行う作業は、18個のグリーンをどこに置くかを決めることです。グリーンは最終的にボールが転がり込みスコアや勝敗が決定される地点であり、プレーの目的地です。
その目的地が地形に対してどのように位置するかによって、1打目からの「道筋=ルート」が決まります。
優れたルーティングは、ゴルファーに多彩な面白さと美しさを提供します。
スタート地点から尾根を登り、谷を下り、稜線に沿って曲がり、時に短いパー4で意表を突き、時にロングなパー5で持久力を試す。18Hを終えてスタートした地点に戻ってくると、スタート前の緊張と期待の記憶が蘇り、ゴールした達成感を感じます。
この「登る・降りる・曲がる・伸びる・縮む」というルートの多様性こそが、コースの骨格を作り出します。ホールの向き、高低差、勾配、距離、これらが多様であるほど、プレーヤーは18ホールを通じて飽きることがなく、また季節、風向き、時間帯による変化を均等に受けることになるため、何度来ても違うゲームを楽しむことができます。
例えばすべてのホールが同じ方向を向いていれば、その日の風はすべてのホールで同じ意味を持ってしまいますし、同じような距離が続けば、どのホールでも常に同じ番手を使うことになります。それは退屈な18ホールであり、面白みや公平性に欠けます。
様々な向き、傾斜、距離、曲がりが混在するからこそ、プレーの公平性と戦略性が同時に生まれるのです。
そして見落とされがちですが、ルーティングはそのコースの「面白さの分配」を決定します。簡単なホールと難しいホールの並び、Par.3ホールが現れるタイミング、ドッグレッグの向きや角度、勝負所がどこに置かれるか。これらは設計者がプレーヤーに対して仕掛けた緩急のリズムであり、専門家たちはよく音楽の楽曲構成に例えます。
優れたルーティングを持つコースは、ラウンドが終わったあとに18ホール全てのホールを思い出せるほどの記憶と余韻を残します。
一方、ルーティングが平板なコースは、どれほどシェイピングやラッピングを凝っても、最後まで記憶に残る一本の線にはなりません。


ゴルフ場のコンセプトを決める「シェイピング」と5つの代表的なデザインテンプレート

シェイピングとは、グリーン、バンカー、マウンド、フェアウェイといった構造物(アイテムと言います)の形状そのものを指します。前述したように私自身もこのシェイピングが最も抽象度の高いテーマだと感じます。
私が過去に話した専門家たちに共通するシェイピングの法則は、優れたシェイピングは「借景によって決まる」という事実です。
人が山の稜線や海岸線を見て「美しい」と感じる感覚には実は科学的な理由があります。
自然は何万年もの時間をかけて、不要な角を風雨で削り、土砂を流し、植生を育み、最も安定した形だけを地表に残しています。
寒冷地の山は険しく、温暖な地域の山は緩やかなのは、それが凍結融解による岩盤の破壊速度や、そこに根付く植生の被覆率、降水パターンの違いに起因します。つまりその土地特有の気候そのものが地形という「デザイン」を決めているのです。
ゴルフコースデザインでは以下の5つの基本テンプレートに分けて分類します。
| タイプ | 特徴 | 代表的なコース |
| Links | 海岸沿いの砂地土壌 | St Andrews |
| Parkland | 内陸の緑地 | Riviera Country Club |
| Heathland | 内陸の低木地 | Sunningdale Golf Club |
| Sandbelt | メルボルン砂地帯地域 | The Royal Melbourne Golf Club |
| Stadium(Championship) | トーナメント用に作られたコース | TPC Sawgrass |
代表的なゴルフ場のスタイルとして語られるリンクススタイルは、もともと海と街(コミュニティ)を繋ぐ(Linkする)、海岸沿いの不規則な砂丘をゴルフ場として活用したことに由来していると言われています。
長い年月をかけて、海からの強風が砂を運び、細かい砂は雨で流され、堆積させてできた自然の砂丘(砂のうねり)がベースとなり、そんな厳しい自然から動物たちが身を潜めるために掘った穴がポットバンカーになったというのが定説になっています。

つまりゴルフ場が背負っている海や丘や山の形は、自然という無数の制約条件を、地球が何万年もかけて解き続けた機能美としての最適解であり、だからこそ私たち人間はその最適化された機能美に対して、説明できない安心感と美しさを感じるのだと言われています。
ゴルフ場のグリーンやバンカーなどは、そのコースの中に立つプレイヤーの視点では近景となります。その奥に存在する自然美である借景が同じ「デザイン」で語られるとき、そのゴルフ場を美しいと感じるのはそのためです。

逆に、借景が緩やかな平野であるのに、近景に鋭角的なマウンドが立ち上がっていれば、それは違和感を生みます。優れたゴルフコースのシェイピングとは、その土地が長い時間をかけて作り出した借景という機能美と、同じスタイルでコースという近景を描く行為に他なりません。
これは建築も同じで、例えば木造の平屋建ては森の中に建っていれば素敵ですがビルに囲まれた街中には合いません。その逆でモダンな高層ビルが森の中に建っていれば私たちは異様さを感じます。
実際に歴史上最も尊敬される設計家であるアリスター・マッケンジーも「もともとそこにあったかのように存在する、その土地が持つ自然の美しさの模倣こそが最高のゴルフ場」と語っています。
山岳コースが多い日本のゴルフ場において、浅くて平らなバンカーに脈絡の無さを感じる理由はそこにあります。
ですからルーティングで語ったグリーンの位置も、この地形による必然性があります。
グリーンはボールを留める必要性から平らな大きな面である事が求められます。真っ平な平原でない限り、山であれ丘であれ自然地形の中で平らな場所はおおよそ三種類しかありません。「山頂」「山腹(中腹)」「麓」です。

山頂型のグリーンは、四方が落ちていく場所に置かれます。したがってサラウンドはグリーンの全周にわたって下方へ流れ、プレーヤーから見れば空に向かって開けた印象になります。
山腹型は、地形の途中に切り取られた平場に置かれるため、最低でも二辺が落ち、残りの辺は山側に上がります。
麓型は谷筋や扇状地の末端に置かれ、最低でも三辺が背後の地形へと上がっていく。
このように、グリーンの配置タイプによってサラウンドの造形は自ずと定義されるのです。
ところが日本のゴルフ場の多くは、いわゆる「砲台グリーン」と呼ばれる山頂型のみで構成されているケースが少なくありません。
これは日本の先駆的な設計者の模倣や造成技術、排水優先の設計思想に由来する部分もありますが、結果として借景の多様性に対して近景が一辺倒になり、デザインの単調さを生んでいます。
名コースが評価される理由の一つは、山頂型・山腹型・麓型を借景と地形に応じて使い分け、18ホールを通じてグリーンサラウンド(グリーン周辺)の表情に変化をつけている点にあります。

日本のゴルフ場の世界的評価がいま一つ高まりきらない構造的な要因は、バブル期に建設された管理効率優先の誤った認識と、過去作品のコピーによる「近景と借景の不一致」が一因であると私は考えています。
ゴルフ場の印象を決める「ラッピング」

ラッピングは、ゴルフ場という作品の「仕上げ」のレイヤーです。
プレーヤーがコースに到着して最初に目にする情報のほとんどは、実はこのラッピングに属しています。
最も大きな要素は芝の種類です。ベントグリーンは葉が細かく密度が高いため、刈り跡のコントラストがはっきりと出て、シャープでモダンな印象を作ります。
一方、高麗グリーンは葉が太く、色味も黄緑がかった柔らかいトーンで、どこか牧歌的な雰囲気を醸します。同じ造形のグリーンでも、芝の種類が違えば受ける印象はまったく異なるものになります。フェアウェイの芝も同様で、寒地型と暖地型では緑の深さも、刈り上がりの陰影も別物です。

そしてホール間に植えられるオーナメントグラス、季節を演出する花木、橋の石積み、ロープやフェンスの色、ヤーデージ看板の書体、ピンフラッグのデザイン、ティーマーカーの素材。
これらアクセサリー類は、人で言えば化粧や髪型、装いにあたる要素です。

骨格や造形そのものは変わらなくても、化粧、髪の色、服装で人の印象が大きく変わるのと同じように、ラッピングはコースの第一印象を決定づけます。
ここで重要なのは、ラッピングは最も変えやすいレイヤーであると同時に、あっても最も「ごまかしが効く」レイヤーでもあるという点です。
骨格(ルーティング)と造形(シェイピング)が凡庸なコースであっても、ラッピングに資金をかければ写真映えのする美しい一枚は撮れてしまいます。
SNSの時代において、これは消費者の評価を歪める強力な装置にもなり得ます。逆に、ルーティングとシェイピングが秀でているにもかかわらず、ラッピングの仕上げが粗いために評価されきっていないコースも、日本には少なからず存在します。
優れたラッピングとは、奇をてらったものではなく、ルーティングとシェイピングが語ろうとしている物語を、最後にもう一段階引き立てるお化粧です。

骨格と造形に対して服装が浮いていないか、その土地の気候や歴史と調和しているか。ラッピングを評価するときの問いは、最終的にはここに収斂します。

あとがき「あなたがそのゴルフ場を好きな理由」

有名設計者の作品がなぜ高く評価されるのかは、その思想への共感も重要だと感じた。
この投稿では抽象的なテーマであるゴルフ場の美しさに焦点をあてるために、あえて池やバンカーの位置などが与える戦略性や、排水や管理のしやすさ、プレーペースの確保などの機能性といった機能的な説明を避けて進めてきました。
しかしゴルフ場もビジネスですから、ときに美しさや面白さよりも、儲かるか儲からないかという物差しが重視されるのも事実です。
不調和で退屈なデザインによってしか実現できない経済合理性は確かに存在していて、だからこそコスパよくプレーできるコースが存在し、それがゴルフの裾野を広げているという事実を私たちは忘れてはいけません。
それも含めて、ゴルフ場の好き嫌いは、人それぞれで構わないと私は考えています。
それは食の好みや、異性のタイプのようなものであり、誰かに強制されるべきものではないからです。
実際に行動経済学では、支払額は期待値を決定しますから、デザインがイマイチでも安ければ満足するし、逆にデザインが良くても高ければ不満という人もいます。
しかし、人が「美しい」「面白い」と感じるとき、その感覚の奥には必ず何らかの理由が存在します。
それは決して、「有名な設計者の作品だから」という外部の権威に由来するものではないはずです。むしろ、その権威を一度脇に置いて自分の身体感覚に立ち返ったときに見えてくるものこそが、本当の評価軸です。
本稿で示した三つのレイヤーである、ルーティング・シェイピング・ラッピングは、全てのゴルファーがその身体感覚を言葉にするためのフレームワークです。
あなたが感動したホールは、登りと下りのリズムが心地よかったのか(ルーティング)。グリーンと周囲のマウンドが背景の山並みと繋がって美しくも挑戦的に見えたからなのか(シェイピング)。それとも、夕方の光の中で揺れていたグラスの穂や、池に写った橋のリフレクションが記憶に残ったからなのか(ラッピング)。
確証バイアスや無意識の権威付けを一度排除し、自分の感覚を信じてみること。そして、その感覚を稚拙でも構わないので言葉にしてみること。この行為こそが、ゴルフ場を消費する側から、ゴルフ場の文化を共に育てる側へと、私たちプレーヤーを変えていく入り口になります。
ゴルフコースの感動や美しさは専門家にしか味わえない芸術であってはなりません。
ワインや絵画の良さを語る専門家の詩のような講釈ではなく、構成要素から語れる共通言語があれば、ゴルフコースという美しさの文化はもっと多くの人に開かれます。
あなたの好きなゴルフ場と、その理由を、ぜひ自分の言葉で語ってみてください。
思考は言語にしたときに初めて知識になります。その一つひとつの言葉の積み重ねを発信していくことが、日本のゴルフ場文化を、過去の権威の延長ではなく、未来へ向かう生きた文化として更新していく原動力になるはずです。


