LIV Golf はオルタナティブツアーとなるか?世界のゴルフツアーに議論と衝撃を巻き起こしている理由

かねてから噂されていた新構想ツアー「LIV GOLF」の開幕戦がロンドン郊外で行われ、個人戦で2011年4月のマスターズ・チャンピオンであるシャール・シュワーツェル(南アフリカ)が優勝し、賞金400万ドル(約5億3600万円)を獲得しました。

LIV GOLF 開幕戦 ハイライト(Youtube)
目次

新構想ツアー「LIVゴルフ」とは

オーストラリア出身で1990年代に世界最強のゴルファー(通称:ホワイト・シャーク)として世界ランキング1位に君臨したグレッグ・ノーマンがCEOを務める2022年に誕生した新しいゴルフツアーです。

LIV GOLF のウェブサイト(https://www.livgolf.com)

PGAツアーが抱える「権利と義務」の課題

そもそもPGAツアーは世界最高峰のゴルフツアーである米国男子ツアーを運営する一方で、その放映権を掌握し、全世界へ同ツアーの放映権を販売すると同時に、その放映網を利用したスポンサー誘致によって多額の資金調達を実現し、世界最高峰のゴルフツアーを運営しています。その資金の大半は選手の賞金や福利厚生に使われるほか、会場運営にかかる費用、またPGAツアーのマーケティングやブランディングにも当てられています。
ボードメンバーにはマッキンゼーやゴールドマン・サックスなどから米国を代表するマーケティングやファイナンスの専門家をズラリと揃え、タイガー・ウッズやフィル・ミケルソンなどのスター選手を生み出す秀逸なマーケティングと、集めた資金を効果的に運用するファイナンシングで世界の独占的な地位を有するツアーとなりました。

選手はPGAツアーが多額のスポンサーフィーや放映権料を獲得してトーナメントの勃興に貢献したことを評価する一方で、加熱したこのシステムによって試合数は年々増加し選手のワークライフバランスへ影響を与えるだけでなく、スポンサー獲得のためにツアーメンバーへの出場義務などの規則は年々強化され、さらにマーケティングのために選手の肖像権についても管理していることなどから、一部の選手からPGAツアーが独占的な地位を利用して選手の権利を剥奪しているという批判は年々高まっていました。

LIV GOLFの誕生

PGAツアーの体制に疑問を持っていたグレッグ・ノーマンは「米国以外でも世界中で成長しようとしているゴルフのために必要な戦略的な投資を行いツアーを通じて成長を支援したい」と、PGAツアー以外のツアーを構想していたところに、サウジアラビアの政府系投資ファンドが出資したことから実現。奇しくもときはコロナ禍とウクライナ問題で原油が歴史的な高騰を見せる中で、多額の資金を調達し、各試合の賞金総額2500万ドル(約30億円)」というトーナメントが誕生しました。

破格の条件

https://www.livgolf.com/format より

PGAツアー(メジャーを除く44試合)の賞金総額は4億640万ドル(約530億円)である一方で、LIVゴルフは8試合で2億2500万ドル(約293億円)。LIVゴルフは1試合あたりPGAツアーの約3倍の賞金総額で、出場選手も48名と限られていることから選手の収益率はPGAツアーの9.3倍になります。しかも予選落ちなしで、選手は出場した時点で賞金が確定されおり、有名選手はこれに加えて招待料(アピアランスフィー)が加算されると言われています。

これは選手たちにとってみれば破格の条件であることはもちろん、PGAツアーよりも1日短縮された3日間競技ショットガンスタート(全選手が同時にスタートするフォーマット)によるプレー時間の負担軽減など、選手第一の条件が用意されています。
PGAツアー5勝を上げたケヴィン・ナ選手は「家族との時間を大切にしたい」とこのツアーへ参加することを表明。その後も次々と人気選手が出場を表明したことでPGAツアーとの確執が大きくなります。

PGAツアーとの確執

PGAツアーからすると、ツアーの発展のためにこれまで長い時間、努力、多額のマーケティング費用をかけて選手の育成や会場の整備をしてきたのに、人気選手が流出してしまえばPGAツアーの放映権料金やスポンサード料金は当然下落して構造が成り立たなくなってしまいます。

米PGAツアーはLIV GOLFを「Rival League(ライバルリーグ)」と呼ぶようになり、選手の流出を警戒。同ツアーのコミッショナー、J・モナハンLIV GOLFが開幕する6月9日に同リーグに参加した17人の会員について無期限の出場権停止処分を発表しました。

さらにLIV GOLFの開幕戦に出場したことで、同週に行われた米PGAツアー「RBCカナディアンオープン:RBC(=ロイヤル・バンク・オブ・カナダ)」を欠場したダスティン・ジョンソン、グレアム・マクドウェルは、同社とスポンサー契約が解除されました。

このほかにもB・デシャンボー、B・ワトソン、フィル・ミケルソン、セルジオ・ガルシア、リー・ウエストウッド、ルイ・ウーストヘイゼンなどの人気選手が出場を表明しており、日本からも選手会長である谷原選手が国内ツアーをスキップして参戦していることからも分かるように、自国ツアーの2軍化が懸念されています。

PGAツアー側からすると、予選会(QT)など出場選手のセレクションはもちろん、人気選手を育てるために多額の費用をかけてマーケティングしてきたのに、それにタダ乗りする形で、他のツアーが選手とファンを横取りしてきたという主張です。

選手側も「より良い条件の試合で戦うことは選手の権利だ」「誰にでも職場を選ぶ権利はある」「PGAツアーの対応は選手の権利を剥奪している」などの主張が相次いでおり、運営側と選手の亀裂も深まっています。

LIV GOLFの課題

一方でLIV GOLFに対しても様々な批判や疑念が取り沙汰されています。

特に近年ゴルフ業界は女性の参加について力を入れており、世界的にもESGなどのサスティナブル社会の実現が叫ばれる中で、世界男女格差指数では144カ国中138位という人権問題を抱える国(サウジアラビア)がスポーツをプロパガンダに使っている(スポーツウォッシング)という疑念に加え、プロスポーツトーナメントをオイルマネーという一つの力だけで独占することについては、競技を持続するためのリスク分散という意味での脆弱性も懸念されています。

PGAツアーからするとゴルフの発展や選手の活動を維持していくという意味でも、様々な国や地域の複数のスポンサーが連携しながら競技を運営していくことは、関係人口を増やしながらリスク分散していくという意味で持続可能的であるという言い分は正論であり、仮にLIV GOLFが同じようにスポンサーを誘致するとなればPGAツアーと同じように選手の権利に対して制限をかける可能性は十分にありえることになります。

こうした問題に対して選手に対して「お金」や「人権」についてのモラルに関する質問が投げかけられていたり、こうしたネガティブなイメージに対してスポンサーが嫌悪感を示して契約が解除されるなどの問題も起こっています。

まとめ

・LIV GOLF 誕生の背景にあるのはPGAツアーが構築したシステムが加熱したことによりツアーと選手のパワーバランスが歪んでしまったことが原因である。

・しかしPGAツアーは持続的なゴルフの発展を維持していくためにも、現行システムを維持し人気選手の流出を抑えたいと思っている。

・LIV GOLFはPGAツアーの独占的な地位に対してAltanative(もう一つの選択肢)として選手に権利を与えることで米国以外のゴルフの発展にも貢献するというビジョンを掲げている。

・一方でLIV GOLFはモラルへの問題を拭いきれておらず、その事により選手のスポンサーが離れるなどの問題が起こっている。

LIV GOLFについては今後のゴルフ業界にとって大きなムーブメントに発展する可能性がありますし、こうした問題は私達の身近な社会でも起こっていることだと思います(手塩にかけて大事に育てた優秀な社員が競合の外資にヘッドハンティングされる…その社員や相手企業との確執や、嫌がらせや訴訟合戦…など)。

ゴルフビジネスに携わる身としては、今後の経過を引き続き見守っていくとともに、運営企業の努力へのリスペクト、働く人の権利、独占的権力に対するもう一つの選択肢、新興企業のモラル、など複雑な社会問題としても関心を集めそうです。

この記事を書いた人

ゴルフ活動家
ゴルフビジネスに特化したコンサルティング、ゴルフ場のオーナー代理人、ゴルフコース改修プロジェクトマネージャー、人材育成のためのコーチング、セミナーや執筆をしてます。詳しくはプロフィールページをご覧ください。

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