ゴルフの聖地、オーストラリア・メルボルン。
その中でもサンドベルト地域は、ゴルフファンにとって憧れの地です。
このエリアに位置する「Sandy Golf Links(サンディ・ゴルフリンクス)」は、アリスター・マッケンジーの代表作とも言われる「The Royal Melbourne Golf Club」の目と鼻の先にあり、2020年の大規模な改修を経て、新たな姿で再デビューを果たしました。
Sandy Golf Linksの改修プロジェクトは、ゴルフ普及の新たな可能性を示すモデルケースとして世界中のゴルフ産業から注目を集めています。
Sandy Golf Linksの概要と改修プロジェクトの背景
Sandy Golf Links(旧称:Sandringham Golf Course)は、メルボルンの名門コース、The Royal Melbourne Golf Clubの向かいに位置するパブリックゴルフコースです。
この施設は、“一般の人々がアクセス可能な高品質なゴルフ体験を提供する”というビジョンのもと、約1,880万オーストラリアドル(うち1,530万オーストラリアドルはビクトリア州政府の資金援助)を投じて改修されました。
このプロジェクトは、オーストラリアゴルフ協会、オーストラリアPGA、ロイヤルメルボルンゴルフクラブ、ビクトリア州政府が連携・協力して進められ、2020年11月に全ホールが公開されました。
サンドベルトの名に恥じないコースデザイン
Sandy Golf Linksは、世界的に有名なサンドベルトコースの特長を取り入れたデザインが魅力です。5319yard/Par65というレイアウトでありながら、広いフェアウェイ、戦略的に配置されたグリーン、そして砂地を活かしたバンカー設計が、プレーヤーに計算されたチャレンジを提供します。
特に注目すべきは、5番と10番ホールに採用されたダブルグリーン。
このデザインは、隣接するキングストンヒースにインスパイアされたもので、他のホールと一線を画すユニークな要素となっています。また、デザインを手掛けたOgilvy Cocking Mead(OCM =オーストラリア出身のプロゴルファー「ジェフ・オギルビー」が共同設立したこのデザイン会社)のチームは、ロイヤルメルボルンのスタッフとも協力し、品質の高いコースを実現しました。
公共ゴルフの未来を切り開く存在
Sandy Golf Linksはパブリックゴルフ場として設計されており、一般市民に高品質なゴルフ体験を提供しています。注目すべき点は改修に約1,880万オーストラリアドル(約18億円)もの資金が投じられたこと。このうち1,530万ドルはビクトリア州政府が拠出し、公共のゴルフ施設に対する投資としては前例のない規模です。
ビクトリア州政府がSandy Golf Linksの改修プロジェクトに1,530万オーストラリアドルもの多額の資金を拠出した背景には、以下のような理由があると言われています。
1. 地域経済の活性化
ビクトリア州政府にとって、サンドベルト地域は世界的に有名なゴルフ観光地であり、ゴルフツーリズムは州経済の重要な柱の一つです。Sandy Golf Linksを改修し、世界中の観光客を呼び込むことで、宿泊業、飲食業、交通産業など幅広い分野で経済効果が見込まれています。
実際にこの地域には世界でもトップクラスの歴史的なゴルフ場が密集していますが、それらはプライベートコースでプレーの敷居が高く、プレー代も高額であることから、サンドベルトのプレーを楽しむハードルは高いと言えます。
そうした観点から見ても、Sandy Golf Linksが公共施設としての一般ゴルファーにも手軽に利用可能である点は、地元住民だけでなく、観光客から見ても大きな魅力となっています。
Sandy Golf Linksは、ロイヤルメルボルンゴルフクラブと地理的に隣接しているだけでなく、運営や設計にも深い関係があります。コースのメンテナンスはロイヤルメルボルンのスーパーインテンダントのリチャード・フォーサイス氏が担当しており、ターフコンディションもお墨付きです。実際に筆者がプレーした際もグリーンは11ft以上のスピードでした。
サンドベルトのエッセンスを手軽な価格で体験できる点は、多くのゴルファーにとって魅力的と言えるでしょう。
2. ゴルフ普及と地域コミュニティの支援
ゴルフはオーストラリアで広く親しまれているスポーツであり、地域の健康増進やコミュニティ形成に貢献しています。Sandy Golf Linksは、初心者やジュニアゴルファーにとってもアクセスしやすいコースであり、これによりゴルフ人口の拡大が期待されています。
また、地元住民との協力を通じて進められた改修プロジェクトは、地域社会の支持を集める重要な要素となっており、政府にとっても居住者を増やす指標である「住民満足度」向上の一助となっています。
3. 持続可能なゴルフ場のモデルケース
改修プロジェクトでは、環境保護と持続可能性が重視されました。たとえば、水資源の効率的な利用や、地元植生を守るための再植林プログラムなど、現代的なゴルフ場運営のモデルケースとして注目されています。
これらの取り組みは、政府が推進する環境政策とも一致しており、州全体での持続可能な開発を促進する象徴的なプロジェクトとして位置づけられています。
4. エリートゴルフとジュニア育成の拠点
Sandy Golf Linksは、オーストラリアンゴルフセンターの一部として、オーストラリア協会やオーストラリアPGAの本部を併設しています。この施設では、エリートゴルファー向けのトレーニングプログラムやジュニアゴルフ育成プログラムが行われており、国内外でのゴルフ競技力向上に寄与しています。
このように、スポーツ分野での国際的な競争力強化を支援することは、州政府にとっても重要な投資と判断されたようです。
5. 公共施設としての社会的価値
Sandy Golf Linksは公共施設として広く市民に開放されています。
改修後、地元住民や家族連れ、初心者も利用しやすい環境が整備され、スポーツを通じた健康促進や世代を超えた交流の場として機能しています。「地域のためのゴルフ場」をテーマに掲げたこのプロジェクトの社会的価値が、州政府の投資判断を後押ししました。
またSandy Golf Linksは「ベイサイド市議会」が所有する公共施設であり、Sandringham Golf Links Managementが運営しています。この体制により、公的機関と民間の協力で地域社会に開かれた運営が実現しました。
日本ゴルフ産業への提言
Sandy Golf Linksの改修プロジェクトから学べるポイントは、日本のゴルフ場経営に多くの示唆を与えてくれます。ゴルフ人口の減少や施設運営の課題に直面している日本のゴルフ産業において、以下の提言をまとめてみました。
1. 地域コミュニティとの連携強化
Sandy Golf Linksが成功した背景には地域住民やコミュニティとの協力がありました。
日本のゴルフ場も、地域住民との交流や意見を取り入れることで、ゴルフ場が「地域のための施設」として支持を得られる可能性があります。
たとえば、ジュニアや初心者向けのプログラムを強化し、ゴルフの裾野を広げる取り組みが求められます。学校との連携を通じたジュニアゴルフの普及も有効です。
地域住民のゴルフ場へのアクセスを増やすことは、将来のゴルフ人口増加につながる重要な取り組みというだけではなく、将来的な労働資源の獲得という観点からも非常に重要です。
2. 公共性の重視とアクセス向上
Sandy Golf Linksは、公共施設として広く市民に開かれています。一方、日本のゴルフ場は「高額なプレー料金」や「交通の不便さ」や「無意味なドレスコード」がハードルとなり、敷居が高いと感じられることが多いです。
公共性を重視し、アクセスを改善することで、一般市民や初心者が気軽に訪れる環境を整えることが重要です。たとえば、都市部からの送迎サービスや、地域住民限定の低価格帯のプレーオプションを設けることが考えられます。
こうした利用促進によって、住民満足度の向上が図られれば、その地域の居住地や観光地としての価値が向上する可能性があります。
3. 持続的なデザイン
今回私が最も感動したポイントの一つは、もともと6200ヤード/Par70だったコースを、5319ヤード/Par65にしたという点です。
距離を短縮した分だけ拡幅されたワイドなフェアウェイは、ペナルティやOBのストレスをなくし、グリーンにアプローチするアングルを生み出し、ゴルフの本質的な楽しさを提供するだけではなく、プレーペースの向上や管理費用の削減など、収益や費用にも好影響を与えています。
ゴルフ場事業者にとって、距離を短くすることや規定打数(パー数)を減らすことは勇気のいる決断ですが、これが低価格で高品質なゴルフ場を提供する差別化要因であり、一つのビジネスモデルとして非常に感動しました。
4. 観光資源としてのゴルフ場活用
Sandy Golf Linksは実際にゴルフツーリズムの中核として機能しています。
日本でもインバウンド観光市場は成長産業の一つとして位置付けられていますが、ゴルフ場も地域観光の一部として位置づけることで、海外からの訪問者を増やし、地域経済を活性化させることができます。
具体的には、地域の観光名所や特産品と組み合わせたゴルフパッケージの提案や、国際的なトーナメントの誘致も考えられます。
5.ローコストオペレーションの徹底
先に述べたコースデザイン上の工夫だけではなく、運営面でも多くの工夫が見られた。その一つが完全キャッシュレスであり、プレー代はもちろん、練習場のボールベンダー、さらにはコース内での全ての飲食も全てカード決済のみであった。
コスト削減は事業者の利益の確保という観点だけではなく、利用者に対して安価で高品質なものを提供する手段にもなり得るので、利用者の理解を得ながらコストの削減を行なっていくことも必要です。
まとめ
Sandy Golf Linksの成功事例は、岐路を迎えている現代の日本のゴルフ産業に必要なビジョンと具体的な施策のケーススタディを示しています。ゴルフ団体、政府、地域、企業が連携しながら地域社会に貢献し、ゴルフの楽しさをより多くの人々に提供する取り組みが、日本のゴルフ産業にも求められています。
このような変革を通じて日本のゴルフ場が新たな成長を遂げることを期待します。