9回目の結婚記念日に思う-陰翳礼讃-

おかげさまで、結婚して9年を迎えました。

思えばちょうど1年前の昨年夏に妻が病に倒れ、それから数ヶ月はどうして良いのかと途方に暮れていましたが、過ぎてみれば何とやらで1年が経ちました。

この1年を一言で表現するのは難しいのですが、陰翳礼讃とでも言いますか、”暗い”と思われている場に身を置いてみたら、周囲が美しく見えたという話です。

家族が病気になった。これだけ聞くと「可哀想に」と暗い気持ちになります。
たしかに明るい気持ちにはなりませんが、ただ暗いだけでもないんです。

例えば、ワタシはもともと仕事好きですが、その仕事を以前のようにしなくなって、仕事の明にも気づきます。

日々起こる問題について解決策を考え、それを実行し、検証する。
新たなアイディアを形にして、新たな価値を生み出す。
このために本を読んだり、人と会ったり、何かを経験したり、そうして得た知識や技術、出会いがもたらす成長こそが仕事の報酬であり、もちろん上手くいかず大変なときや苦しい時もあるけれど、それも成長するための糧となり、自分の器を広げるために欠かせない体験だと思います。

仕事をセーブするようになって、ワタシはどれだけ仕事が好きだったか、逆に言えばワタシはどれだけ仕事に救われてきたかに改めて気づきます。
学生時代に読んだ本の中で『幸福とは「健康」「愛情」「財産」「社会的名誉」の4要素で構成された四角の面積が広がっていく過程』と書かれていたことを覚えています。
生きがい、出会い、成長、名誉、財産。人生に必要なもののほとんどが仕事に詰まっていたこと、仕事を通じてそれらの面積が広がっていく体験を積ませてもらっていました。
世の中には仕事で辛い思いをする人もたくさんいますが、その報酬に気づき働く人はより鮮やかに見えます。

そして仕事で得た報酬の中でも、ひときわ大きな輝きを感じたのが仲間の存在です。
ワタシはマネジメントという仕事柄、これまで人の労働を管理することに意識が向いていました。
生産性、効率を上げるために、ルールを作り、人的資源を有効活用するという思考が常に働いていました。
こうして考えると、良い上司ではなかったなと思います(笑)

そんなワタシにでさえ、妻の病気を伝えた時、みんなが心配して、手を差し伸べてくれました。
そしてその手はワタシにではなく、私たち2人に差し出されたものです。

ワタシが「仕事が思うように出来ず申し訳ない」と言うと、みんなが嫌な顔をせず「大丈夫です。早く治るといいですね」と言って仕事を代わってくれたり、進んでやってくれるようになりました。
ワタシが管理していた時よりも、生産性が上がっているんじゃないかとさえ思います(苦笑)
これも以前には気づかなかった美しさです。

そして最後は結婚の美しさです。
もともと赤の他人同士が役所に婚姻の契約書を提出することで家族となるというシンプルは制度ですが、9年前の今日、私たちも結婚式を挙げました。

親族や仲間が駆けつけてくれて、お祝いをしてくれて、私たちはそのお祝いの席で「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、互いを愛す」と誓いの言葉を述べました。
結婚式ではお決まりとなっているこのセリフ。ワタシも儀式の定型文くらいにしか考えていませんでしたが、実際に自分がこの場に身を置いてみるとなかなか沁みる美しい言葉だなーと思うわけです。

それは「大変な時はお互い様」という相互補助的ではなく、それが意味するのは「無条件の愛」だからです。
言葉にすると安っぽいのでこの辺でやめておきますが、結婚の意味に9年目にやっと気づいたのはラッキーでした(笑)

ということで、これからも末長くこの美しさが続きますように。

この記事を書いた人

ゴルフ活動家
ゴルフビジネスに特化したコンサルティング、ゴルフ場のオーナー代理人、ゴルフコース改修プロジェクトマネージャー、人材育成のためのコーチング、セミナーや執筆をしてます。詳しくはプロフィールページをご覧ください。

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