USGAの調査によると約91%のゴルファーがスロープレーによってゴルフ場の利用に不満をもったことがあると回答していることからも分かるよに、プレーのペースの遅延はゴルファーの重大な不満要因となっており、ゴルフにおけるスロープレーは世界中で最も議論されている問題です。
一方で同じ調査の中でプレーペースが改善されるゴルフ場に対して、ゴルファーは「プレー代を平均で9.1%多く支払う」と回答しています。中でも40歳以下の若いゴルファーはプレー代を14.2%多く支払う意欲があると回答しており、プレーペースの改善はゴルフ場の収入を向上させる機会にもなります。
今回のコラムでは、世界中のゴルフ機関が提供している定量的なデータから、スロープレーの原因や対策について考察していきます。
スロープレーが与える影響
スロープレーは顧客満足度だけではなく、ゴルフ場の収益や事業価値にも大きな影響を与えます。
顧客満足度とスコア
スロープレーはすべてのハンディキャップレベルでスコアにも悪影響を与えることが分かっています。
31億ラウンド以上のデータを保有するArcos golfによると、例えばハンディキャップ指数が0から4.9のゴルファーは、ラウンド時間が理想的なペースがから1時間増加すると、スコアの平均が78.7から80.0に増加します。またこの傾向は他のハンディキャップ範囲でも一貫しており、ハンディキャップが15から19.9のゴルファーは同じ時間間隔でスコアが91.1から92.8に増加します。
また世界中の50%以上のゴルファーがプレーの遅延を理由にプレーを途中で止めたり、集中を欠いたためにスコアを付けることを諦めた経験があると回答しています。
ゴルフコースの収益とビジネス価値の減少
スロープレーはゴルフコースの収益とビジネス価値の減少につながります。
多くのゴルフ場は来場者数を増加させることを優先し、ティータイムの間隔を短くしようとしますが、USGAが出している(Pace of Play Financial Study 文末に資料を掲載)によると、ティータイム間隔の増加によるラウンド数の減少は約5%であり、それは顧客満足度の向上によるグリーンフィーの増加9%によって相殺され、コースの収益を年間で71,000ドル向上させ、コース事業価値を710,000ドル増加させると述べています。
メンテナンスコストの増加
またプレー時間の長さはコースの摩耗と損耗を増加させ、メンテナンスコストを増大させます。
一般的に約600平米のグリーンの芝刈りには30-40分の時間が必要とされており、18ホールと練習グリーンを合わせた20面のグリーンの刈り込みには700分以上を要することになります。
営業終了から日没まで3時間の猶予があれば3-4名で作業できるところが、作業可能時間が2時間になった場合5-6名が必要という計算になります。
プレー終了時間が遅くなることで、メンテナンスのための時間が確保できなくなり、コース管理チームは作業員の増加が必要となるか、あるいはターフメンテナンスの劣化を受け入れるかの選択を迫られます。
スロープレーの原因
スロープレーを引き起こす原因はいくつかの要素が関係しています。
今回は代表的なものを記述します。
ティータイムの運営
非効率なティータイムの間隔はスロープレーの主な原因と言われています。
ゴルフ場の稼働率が70%と仮定した場合、データによって導き出された顧客満足度とゴルフ場収益のバランスが最適化されるティータイムの間隔は9分とされており、これは多くの日本のゴルフ場が採用している7分からするとかなり長く感じます。
日本の一般的なオペレーションでは、スタート可能時間が約2時間半(150分)としており、これは2時間の9Hプレーのあとにハーフターンで昼食をとる時間40分を想定した時間です。
仮に7分間隔であれば9ホールで21.4組が最適となりますが9分間隔にすると16.6組が最適となり、18Hあたりで33組程度が理想的な組数となります。
私の肌感覚でもこれは少ないように感じますし、プレーへの不満だけではなく、予約が取れないことへの不満も高まりますから、事業者として悩ましいところです。
ゴルフカートの運営
ゴルフカートのポリシーと運営はプレーペースに大きな影響を与えます。
例えば日本のゴルフ場で一般的な電磁誘導による「カートパスオンリー」でプレーした場合の平均的なプレー時間(4人プレーで待ち時間なし)は4時間33分に対して、2人乗りカートのフェアウェイへの乗り入れによる平均的なプレー時間は4時間8分と、25分の差があることが分かっています。
この時間を金銭的価値に換算すると50分(18H)で5-6組は余分に来場者を入れれる計算になるので、稼働率50%と仮定しても年間で2000名以上の来場を増やせる計算になります。
コースデザインとメンテナンス
コースのデザインとレイアウト(距離、グリーンスピード、フェアウェイの幅、ハザードの面積、ラフの長さなど)はペースオブプレイに重要な役割を果たします。
距離
USGAのレポートによると、プレーヤーが7番アイアンで打てる距離に応じたコースの長さを選ぶことで、適切なティーを選びやすくなり、プレー時間が大幅に改善されることがわかりました。
https://www.usga.org/content/usga/home-page/articles/2023/10/the-7-iron-solution.html
具体的には、たとえば、7番アイアンで140ヤード(平均的な男性のアマチュアゴルファー)打つプレーヤーには、5,900~6,100ヤードのコースが最適となります。この方法により、ラウンド時間が短縮され、ゴルファーの満足度が向上します。
グリーンスピード
またUSGAとミネソタ大学の共同研究によるとグリーンスピードが1フィート増加することで、1ストロークあたり3.3秒時間が増加することが認められており、4人組のプレイ時間が7分以上遅くなることが確認されています。
この調査では、アメリカ国内の7つのゴルフ施設から2,200人以上のゴルファーの約40,000のグリーンタイム(グリーンでの時間)を収集し、調査期間中、毎週グリーンスピードを1フィートずつ調整(8フィート、9フィート、10フィート)し調査を実施しています。
グリーンスピードはゴルフ施設の収益、経費、顧客満足度に直接影響を与える重要な要素ですが、調査の結果によると、ゴルファーは「速いグリーン」よりも「真っ直ぐ転がり一貫性のあるグリーン」を好む傾向があることもアンケート調査で判明しています。
競技などの特別な場合を除き、速いグリーンは管理コストが高い上に、ゴルファーの満足度も低下させる要因と定義されることが分かります。
その他のゴルフコースのデザインやメンテナンスが与える影響
このほかにも、プレーの時間に影響を与える要素はたくさんありますが、書ききれないので、代表的なものを箇条書きで記述しておきます。
・ラフの長さが7.5センチ(通常は5センチ以下)を超えるとプレー時間が15分以上増加することが観察されている
・ブラインドのホールでプレーペースが悪化することが確認されている
・PAR.5のあとのPAR.3ではティーでの待機時間が増加し、プレーペースが増加することが確認されている
・一般的なバンカーの数(18Hで60個前後)を超えるゴルフ場では、1ホールあたり平均でプレーペースは約1.5分増加する
・グリーンの大きさはプレー時間との相関が確認されていない
・ゴルファーは平均的に16.5分をホール間の移動に費やしている
日本のゴルフ場では2グリーンのコースが多いため、バンカーの数が相対的に多くなりがちです。結果的にサブグリーンのガードバンカーなど戦略上不要にもかかわらず難易度が高いバンカーが増えてしまうこともプレーペースの悪化につながります。
スロープレーへの対策
さて、これまで様々なデータによるスロープレーの原因について示してきました。最後にスロープレーを改善するための具体的な方法について記述します。
ティータイムの管理
ティータイムについては単純に1−2分長くすれば良いというものでもなく、ゴルフ場の収益と顧客満足度が最適にバランスされることを目指します。
特に日本の場合は、欧米よりもプレーペースが遅く(電磁誘導カートによる影響)、さらに9ホールで昼食を取ることでアップセルしている背景もありますから、4時間33分(18ホールのプレー時間) + 40分(昼食時間)を加味したティータイム管理をする必要があります。
2シーター乗り入れカートの運用に向けた排水や散水への設備投資
前述したように、電磁誘導によるカート運用と、フェアウェイ乗り入れによるカート運用では、プレーペースに25分の差が出ることがわかっています。
乗り入れによる運用はプレーペースだけではなく、夏場の熱中症対策や、増加する高齢者ゴルファーの参加年齢の向上にも貢献します。
カートへの投資はもちろんですが、芝生への負担を軽減するための排水や散水設備など大きな金額が必要になりますが、予算計画や財務計画を作成して段階的に取り組んでいくことで、ゴルフ場の事業価値は向上していきます。
コースデザインやメンテナンスの改善
コースの改修となると巨額の投資が必要となるため、なかなか踏み切れませんが、メンテナンスの見直しによるプレーペースの改善は大きな効果を発揮します。
例えば特にIP付近やその手前だけでもフェアウェイの幅を広くすることでプレーペースを上げることができます。刈り込みの頻度が増えてしまいますが、無人芝刈機などの導入によって実践しているコースも増えてきています。
プレーエリアから遠い法面ラフなどの刈り込みを減らして、その分プレーエリア付近のラフに労働力を集中することで刈高を下げてプレーペースを改善することは可能です。
グリーンはスピードよりも均一性やスムーズな転がりの提供が重要です。
予算に余裕があるコースでは、一部改修によって例えばホールのルーティングを見直すことや、戦略上不要なハザードを撤去する(特にプレイヤーから見えないバンカーや池は積極的に撤去がおすすめです)、ブラインドホールの改修や伐採などはプレーペースだけではなく管理コストの削減にもつながります。
まとめ
距離を短くしたり、フェアウェイを広げたり、ラフを短くしたり、グリーンスピードを抑えたりというと、「ゴルフを簡単でつまらないものにしている」という反論を見ることが多いのも事実ですが、もちろんそうした論点を無視するわけではありませんが、難しいコースはそれだけプレーのペースが遅くなり、その分だけ客単価を上げる必要が出てきますから、全てのゴルファーに望まれている言えないのも事実です。
もちろんプレイヤーのスキルやマナーの向上などもプレーペースに大きな影響を与えることは言うまでもありませんが、まずは事業者としてできることに目を向けて取り組んでいきましょう。