ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』で、経営に関するコラムを連載させていただいております。
第19回はのテーマは『限られた人材で組織を回す – シンプル構造とドラッカーに学ぶ役割設計-』ゴルフ場経営者なら知っておきたい損益分岐点と限界利益という考え方』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。

「人がいない」のではなく「組織観が合っていない?」
「人手不足で新しい取り組みができない」「うちの規模では本格的な組織体制は組めない」。ゴルフ場経営者から最もよく聞く言葉のひとつです。確かにゴルフ場業界の人材難は構造的な問題であり、簡単に解消できるものではありません。
しかし、組織論の古典であるミンツバーグとドラッカーを手がかりにしてみると、もしかしたら本当に「人が足りない」のではなく、不足しているように見えているだけかもしれません。
経営組織論の古典をベースにゴルフ場という組織にふさわしい役割設計のあり方を考えてみたいと思います。
ゴルフ場は「シンプル構造」という完成された組織形態である
カナダの経営学者ヘンリー・ミンツバーグは、組織を5つの基本形態に分類しました。シンプル構造、機械的官僚制、専門的官僚制、事業部制、アドホクラシーです。ゴルフ場は最初のシンプル構造(Simple Structure)に分類されます。
シンプル構造の3つの特徴は明快で、まず第一にオーナーや支配人といったトップが現場を直接監督します。第二に中間管理層や人事・経営企画といった専門スタッフ部門が薄い、あるいは存在しません。第三に業務マニュアルによる標準化よりも、トップからの直接指示によって組織が動きます。
ここで強調したいのは、シンプル構造は「未熟な組織」ではなく「一つの完成された組織形態」であるというミンツバーグの考え方です。実際に世界中のスタートアップ、家族経営企業、そして多くのゴルフ場がこの形態で運営されています。大企業の劣化版ではなく、別の論理で動く別の組織形態なのです。
さらにこの組織形態には明確な強みがあります。意思決定が速く、天候急変やクレーム対応など現場の即応性が高いことや、オーナーの経営哲学が末端まで浸透しやすいことも挙げられます。一方で弱みも構造的です。トップへの依存度が高く、支配人や社長の不在時には判断が滞ります。属人化が進み、ベテランの暗黙知が承継されにくくなります。マーケティングや人材育成といった専門機能も手薄になります。これらの弱みは「努力不足や未熟さ」ではなく「構造に由来する特性」です。そう捉え直すことで、初めて打ち手が見えてきます。
ドラッカーの「強みに基づく組織」が処方箋となる
ではシンプル構造の弱みをどう補えばよいのでしょうか。ここで参照したいのが、ピーター・ドラッカーの組織論です。ドラッカーは『現代の経営』のなかで「人の強みを成果に結びつけること」こそが組織の存在意義だと述べました。
このシンプルな命題から導かれる実践指針は二つあります。
第一に、人事の出発点は「この人に何が出来ないか」ではなく「この人は何が出来るか」です。減点法ではなく加点法で人を見ます。限られた人材で組織を回す中小規模の組織では、全方位的に有能な人材を探すことは現実的ではありません。一人ひとりが持つ強みを見極め、それを活かす配置を考えることが出発点となります。
第二に、強みが活きるよう仕事を設計することです。人に仕事を合わせるのではなく、人の強みに合わせて仕事の中身を組み立て直します。具体例で考えてみましょう。接客は天性のものを持っているが、PC作業や事務処理が苦手なフロントスタッフがいるとします。従来の発想なら「事務処理スキルを伸ばす研修を」となりますが、強み基準の発想は逆です。彼女の役割を顧客対応とリピーター開拓に寄せ、事務処理はAIによる自動化やチェックイン端末などデバイスの導入で吸収します。彼女の強みは最大限活き、弱みは仕事の設計によって意味のないものになります。機械整備や管理の腕は確かだが対外的なやり取りが不得手なメカニックも同様です。彼を「整備品質の最終責任者」として明確に位置づけ、業者との折衝やオーナーへの報告は別の人材が担うといった具合に、役職名や業務範囲を人の強みに合わせて再設計するのも同じです。
明日からできる3つの実践原則
以上を踏まえ、シンプル構造のゴルフ場で実践すべき役割設計の原則を3点に整理します。
原則1:役割を「ポジション」ではなく「成果領域」で定義する
職務記述書的な発想(「フロント担当の業務は受付・電話対応・予約管理」)から離れ、「この人が責任を持つ成果は何か」で役割を定義します。たとえば「リピート率向上」「コースコンディションの一定水準維持」「人件費率の適正化」といった成果領域で役割を切ります。こうすると、一人が複数のポジションを兼務しても、責任の所在が曖昧になりません。
原則2:兼務は「強みの組み合わせ」で設計する
シンプル構造では兼務は避けられません。ただランダムに業務を割り振るのではなく、強みが相乗効果を生む組み合わせを意識します。「顧客対応力×SNS発信」「コース管理×安全管理」「経理×部門別収支分析」のように、共通する能力基盤を持つ役割を束ねます。能力ベースで兼務を設計すれば、本人の負担感も減り、習熟も早くなります。
原則3:領域を絞った”完全委譲ゾーン”を設ける
シンプル構造の最大の弱点であるトップ依存を緩和するには、特定領域で支配人やオーナーが意思決定から完全に手を引く”聖域”を設けることが有効です。「コースコンディションの判断はグリーンキーパーに完全委譲」「日々の予約調整とアップセル提案はフロント責任者に完全委譲」といった具合に、領域を絞ります。中途半端な権限委譲は混乱を生みますが、領域を明確にした完全委譲は、シンプル構造の強み(速さ)を保ちつつ弱み(トップ依存)を緩和します。
組織図より先に、強みを書き出してみる
役割設計と聞くと組織図の書き換えや役職の新設から入りがちですが、この順序を逆にしてみましょう。まず現有スタッフ一人ひとりの”強み”を紙に書き出すことから始め、その上で、その強みを成果に結びつける役割を書いてみましょう。この時に強みや適した役割が分からないという上司では、シンプル構造を使いこなすことはできません。組織図は最後でよいのです。
役割設計は、本連載で何度も扱ってきた評価制度やKPI管理と表裏一体です。誰がどの成果や数字に責任を持つのかという視点を、個々の強みを起点に組み立て直すことが、限られた人材で組織を回すための出発点となります。


