ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』で、経営に関するコラムを連載させていただいております。
第20回はのテーマは『値引きの心理学 ―行動経済学に学ぶ「選ばれる料金プラン」の作り方―』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。

「正しいことを言っているのに、なぜ組織が動かないのか」。改革に取り組む経営者や支配人の方から、しばしばこうした声をお聞きします。前回は行動経済学に基づく料金プランの設計を取り上げましたが、どれほど優れた施策も、現場が納得して実行しなければ成果にはつながりません。今回は、改革を実行に移すための「合意形成」について考えます。
改革が失敗する本当の理由
改革が頓挫する原因は、施策の中身よりも進め方に問題があることが少なくありません。最大の要因は「目的の共有不足」です。なぜ今変わらなければならないのか、変わった先に何があるのか。この説明が省略され、指示だけが現場に降りてくると、従業員には「やらされ感」だけが残ります。やらされ感を抱いた組織は、表向きは従っても本気では動きません。会議では反対しないものの実行段階では一向に進まない、いわゆる面従腹背の状態です。また、目的が共有されないまま進む改革は、施策の優先順位も現場に伝わりません。何のためにやるのかが分からない仕事は、日々の業務に追われる中で自然と後回しにされていきます。変革論の大家であるジョン・コッターも、変革プロセスの第一段階に危機意識の醸成を挙げています。目的が腹に落ちていない改革はスタートの時点でつまずいているのです。
合意形成が難しいゴルフ場組織の特徴
ゴルフ場は、合意形成の難易度が特に高い組織であると筆者は考えています。第一に専門職集団であることです。コース管理、キャディ、フロント、レストラン、営業と、それぞれが異なる専門性と価値観を持ち、部門を横断する共通言語が育ちにくい構造にあります。第二に部門最適に陥りやすいことです。各部門が自部門の品質や効率を優先した結果、ゴルフ場全体としての最適から離れてしまうことがあります。第三に長い歴史と慣習です。数十年の営業史を持つコースでは、「昔からこのやり方でやってきた」という経験則が強い説得力を持ちます。第四に従業員の高齢化とベテラン比率の高さです。ベテラン社員は大きな資産である一方、長年の仕事の進め方を変えることへの心理的な負担も大きくなりますし、高齢になると特にDXへの抵抗感は一層強くなります。これらの特徴を無視して正論だけで押し切ろうとすれば、反発を招くのは当然といえるでしょう。
反対意見は組織に必要
合意形成の過程で反対意見は面倒と捉えられがちですが、これは誤解です。むしろ反対意見は組織にとって必要なものです。第一に少数意見の反映という役割があります。改革案は往々にして推進側の視点だけで作られており、反対意見には、案が見落としている現場の実情が含まれていることが少なくありません。第二にリスクの可視化という役割です。「その変更で常連のお客様が離れないか」「繁忙期に現場が回るのか」といった懸念は、事前に対処しておくべきリスクの一覧表でもあります。だからこそ、反対者を排除してはなりません。全員が即座に賛成する改革案は、むしろ検討が浅い可能性を疑うべきです。会議にあえて反対役を置く「悪魔の代弁者」という手法が知られているように、健全な反論や異論は意思決定の質を高めるのです。
合意形成の具体的な進め方
それでは、実際にどのように進めればよいのでしょうか。筆者が有効と考える手順をご紹介します。
第一段階は目的と現状の共有です。なぜ変わる必要があるのかを、感覚ではなく数字で示します。特に本連載でたびたび扱ってきている会計情報などの定量化(数値化)はここで最も力を発揮します。第二段階は検討の場づくりです。影響を受ける部門の代表者を最初から検討に加えます。決定してから説明するのではなく、決定の過程に参加してもらうことが当事者意識を生みます。第三段階は反対意見の聴取と反映です。出された懸念を記録し、計画のどこにどう反映したか、あるいはなぜ反映しなかったかを必ず示します。「言っても無駄だ」と思われた時点で、本音は出てこなくなります。第四段階は小さく試すことです。平日限定、一部業務限定など試行期間を設けて検証します。うまくいけば小さな成功が推進力となり、問題が出れば修正すればよいのです。第五段階は結果の共有です。試行の数字とお客様の声をオープンにし、続けるか、直すか、やめるかを再び皆で判断します。この一連の透明性こそが、次の改革に向けたリーダーの信頼残高になります。
例えば、スループレー枠の新設を検討する場合を考えてみましょう。まず稼働率や部門別収支の数字を示して目的を共有し、コース管理、フロント、レストランの代表者を交えて検討します。レストランからは売上減少の懸念が出るかもしれません。その懸念を排除するのではなく、軽食販売や売店強化といった代替案の検討や、スループレーを採用した場合の予測上昇金額を出して全体最適につなげ、まずは平日の早朝枠だけで試行し、数字と利用者の声を全員で確認したうえで本格導入を判断する。このように進めれば、同じ施策でも現場の受け止め方は大きく変わるはずです。
リーダーに求められるのは”説得”ではなく”納得”をつくる力
説得とは、相手を自分の結論に従わせようとする行為です。一方、納得とは、相手自身の中に「やる理由」が生まれることです。説得で動いた組織は監視が緩めば止まりますが、納得して動く組織は自ら考えて前に進んでいきます。納得をつくるための合意形成では、リーダーには三つの行動が求められます。第一に、結論を急がず相手の懸念を最後まで聞くこと。第二に、判断の根拠となる数字や情報を隠さず示すこと。第三に、一度決めたことでも試行の結果次第で修正する柔軟さを持つことです。リーダーの仕事は、正論を振りかざすことではなく、従業員が納得に至るプロセスを設計することにあります。時間はかかります。しかし、遠回りに見えるこの手間こそが、改革を定着させる最短距離です。良い合意形成文化が良いゴルフ場をつくります。


