ゴルフ場オーナー必読。ゴルフ場改修工事の進め方

日本のゴルフ場の多くは、1980年から90年のバブル経済期に建設され、その多くが30年以上使用されているため、散水設備や排水設備の老朽化はもちろん、経年の風雨による地形の変化や、芝刈りによるサッチの堆積、バンカーへのシルトや有機物の侵入による「機能不全」、建設当時からのプレースタイルや「ニーズの変化」、また少子高齢化や温暖化などの「社会課題の顕在化」を理由に、コースの改修工事を検討するゴルフ場も増えてきています。

一方で、ゴルフ場建設(改修)工事は非常に特殊であることや、その具体的な進め方や、費用感も全く分からないというケースも多く、ゴルフ場オーナーだけではなく、コース委員会のメンバーなどから筆者に相談が寄せられるケースもあります。

この記事を読むことで、施主と施工会社の情報の非対称性を解消して公正な取引に繋げることで、産業の発展に貢献できることを目的として公開しています。

目次

1.要件定義

そもそも工事を検討するということは、まず何らかの事業課題があるはずです。

課題の定義

私の経験からゴルフ場が改修工事を実施する際には、主に以下のような課題が挙げられます。

①散水、排水など設備の老朽化による機能不全
②打球事故やプレーペースなどの課題
③温暖化による耐暑性や水資源不足、少子化による人的資源不足の課題
④買収等による新事業会社によるイメージチェンジやリブランディング・マーケティング
⑤競技イベントの開催に向けた課題

などが代表的な改修工事の動機になります。
まずは自社にどんな課題が存在しているか、改修工事によってどんな課題を解決したいのかを定義します。

会場当時の図面なども参照にしながら、今のコースの課題を明確にする

要件定義

要件は数値化することが重要

課題が定義できたら、それらの課題がどういう状態になれば良いのか?というのを言語化、形式化していきます。

例えば、コースに水たまりや雨裂が一つもない状態にしてカートの乗り入れを可能にする、プレーペースを向上させて稼働率や満足度を上げる、水の使用量を1日○トン以内にする、18ホールを○名で管理できるようにする、プロトーナメントを誘致するために戦略性を高める、高齢者や女性客増加を狙ってティーを新設すると言った具合です。

この「要件定義」がはっきりすることで、改修工事の価値(売上や費用の変化)を見積もることができますし、工事会社や設計者に対して、具体的な注文を伝えることができます。

要件定義が明確でない改修工事の例として、「1グリーンにする」「美観を作る」などの抽象的なコンセプトです。
1グリーンにして何を達成したいのか?それは戦略性の向上なのか、それともグリーン面積の縮小による省力化やコスト削減なのか、イメージチェンジによる会員層の若返りなのか、そうした要件が明確でないと、なんとなく1グリーンになったという結末になって何も成果が残らない工事になってしまいますので注意しましょう。

2.最初の大きな分岐点、オーナー主導か、請負業者主導か?

要件定義ができたら、その計画策定をどこに依頼するか?というのが次のステップになります。

選択肢として①設計者やコンサルタントに依頼する、②施工会社(ゼネコンや請負業者)に依頼する、というのが最初の大きな分岐点になります。

オーナー主導の場合

オーナーが主導する場合のメリットとしては、コストと品質が高次元でバランスできるというメリットがあります。
これは「設計」と「施工」を分離することを意味しますが、これによって施主が数量や品質をコントロールできるということによるものです。

デメリットとしては、オーナー自身のゴルフ場に対する高いリテラシーやリーダーシップが求められるだけでなく、各者を取りまとめるプロジェクトマネジメントのスキルが必要になることや、作業の手間が膨大にかかるため、信頼できる設計会社や代理人(コンサルタント)に依頼するケースもあります。

請負業者主導の場合

請負業者手動の一番のメリットは、「丸投げできる= 手間がかからない」ということにつきます。
ゴルフ場建設工事は非常に専門的な工事なので、実績のある会社に依頼することで、それなりの品質の工事が予算内で出来ます。

ゴルフ場工事の実績がある施工業者(日本には数社あります)の中には、設計者をインハウスで抱えているところもありますので、特に強いこだわりがない場合は、こちらが選ばれるケースが多いです。
またコスパは悪いですが、請負業者の下に設計者や設計事務所を指名で入れるケースもあります。

私はこのプロセスをよく住宅に置き換えて説明しますが、家を建てる時にも明確は理想やこだわりがある施主は最初に設計士に「設計」を依頼して、その設計が決まった後に、施工実績がある建築会社や工務店を指名します。
一方で建売住宅やパッケージ住宅のように、ある程度の形や間取りのプランを施工会社が提案してくれて、キッチンやトイレなどの設備だけを施主が選ぶような住宅を買う方は、最初から住宅メーカーや工務店に依頼するのと同じ
です。

業界を見渡してみると、やはり名門といわれるゴルフ場は、コース改修委員会などが立ち上げられて、要件定義、設計者の選定、マスタープラン(後述)の承認、などを施主側で実施してから、工事は入札にて決定というケースが多く、ミドルクラスでリソースが限られているゴルフ場は後者のやり方が多いように思います。

3.マスタープランの作成

マスタープランを作成する過程では、グリーンやフェアウェイの面積から年間のコストなども算出する

要件定義と進め方を決めたら、次にマスタープランの作成に取り掛かります。
これは18ホール全体の改修工事でも、例えば一部ホール改修の場合でも同じです。

マスタープランの作成の手順としては
①設計者のアサイン(明確に理想がある場合)
②レイアウトプランの作成
③グレーディングプランの作成
④仕様の作成
という順番で進みます。

①はクラブのコンセプトやブランディングにも関わるため、慎重に実施されます。近年では特に世界トップ100アーキテクトや、世界4大メジャー大会での改修実績がある海外設計者を登用して、バリューアップを狙うコースも多いです。
また造成を施工する会社にもインハウス設計者がいたり、施工業者が特定の設計者と契約を結んでいるケースもありますので、施工会社側から提案してくる場合もあります。

②は各アイテムを平面的に配置した図面です。この図面はアイディアを言語化して、オーナーとブラッシュアップするために使われます。

③は等高線が入った図面で、②の図面を3次元化するための図面です。実際に動かす土量などもわかるため、工事費用の根拠となる施工数量も具体的になります

④は各アイテムの仕様に関する仕様書です。例えば芝を貼るにしても、床砂の厚さをどれくらいにするか、バンカーの砂の種類、暗渠排水の長さ・太さ、配置、カート道路や管理道路の幅や面積など、細かな仕様を決めることで、全ての工事の数量を把握することができます。

コンター(等高線)から土量数量を把握する

4. 数量計算と積算

工事にかかる費用の概算を見積もる作業の様子

これまでのプロセスで全ての数量が把握できたら、それらに一般的な単価を入れて「積算」を実施します。

一般的な単価は施工会社に電話にて聞き取り調査を実施したり、あるいは同業者から情報を仕入れたり、建設物価調査会などの非営利団体が提供する情報などを参照します。

この時点で、おおよその工事の総額が把握できるため、工事によるPLやBSへの影響や、ファイナンスの計画と照らし合わせながら、実施するかどうかの判断をします。

5. 工事方法の検討

次の段階では工事方法の検討をします。

主に「工事の範囲」、「工事の期間」、「工事の予算」の軸で検討を実施します。

例えば、18Hのゴルフ場の場合一気に全ての工事を実施しようとすると、ゴルフ場をクローズする必要が出てきてしまうため、工事費用の支出に加えて、従業員の雇用、営業収入が低下して資金繰りが不安になる、ということから実施不能という状況になります。

そのため、1ホールずつ実施するケースや、6ホールずつ、9ホールずつなど範囲を狭めたり、グリーンのみ、バンカーのみと言った具合にアイテムを絞ったりしながら、期間も長く設定しながら工事をする場合もあります

またこれとは別に、毎年のキャッシュフローから工事に支出できる金額を定めて、その金額の範囲内で実施していく場合もあり、工事の範囲・期間・予算に応じて、柔軟な工事計画をつくることが重要になります。

6. 工事入札(見積もり)

前述したように、2.の時点ですでに請負業者が決定している場合には、この入札のプロセスは省かれますが、施主であるゴルフ場がプロジェクトを主導し、工事の数量や仕様に関する情報を持っている場合は、入札による施工会社の決定プロセスを経ることになります。

当然ですが、競争原理によって工事費の減額が可能になるだけではなく、単価が高い工事のみ一部を自社で別発注(分離発注)したり、あらたな業者を選定することでさらに金額が下げられるケースがあります。

7. 工事準備(申請や交渉)

流量計算などの資料が求められるため膨大な資料準備が必要になる

この時点で、施工する範囲、期間、予算、業者が決まっていますので、これらの決定事項にそって準備を進めていきます。

・自治体への工事申請
・シェイパーのアサインや入国ビザの手続き
・見積もりのをもとにした交渉やVE案の検討
・工事契約の締結

特にゴルフ場のような大きな面積で工事をする場合には、自治体への工事の申請が必要となりますので、事前協議や提出資料の準備も含めると少なくとも半年以上の期間がかかります

また外国人のシェイパーを使う場合には就労ビザの手続きなども行う必要がありますし、入札金額からさらに減額を交渉する場合には、VE案(Value Engineering = 性能を維持したまま異なる工法や資材を使ってコストを下げる代替案のこと)の検討、そしてそれらに基づいて工事契約(条件の整理)の締結という流れになります。

自治体への申請やビザの取得といった行政手続きの煩雑さは読者の皆さんも知るところだと思いますが、VE案の検討のためには、現地での視察や調査が必要になるため相応の時間や手間がかかりますし、それを実施するための業者や社員との合意形成や交渉も繰り返し必要となります。

一般的には工事規模にもよりますが、この過程だけでも6ヶ月から12ヶ月は必要になります。

日本には導入実績がない施工のVE案の検討のために筆者が訪れたハワイのゴルフ場
日本未導入の工法のVE案検討のために訪れたベトナムの新設ゴルフ場工事現場

8.) 着工と設計管理

特にゴルフ場工事は地中に埋設されるものが多いので、図面や仕様通りの施工ができているかの品質管理が重要

工事が始まると、設計意図がちゃんと形や性能に反映されているかをチェックするために、設計者や代理人が工事現場に常駐して、工事箇所をチェックして修正していきます。

またゴルフ場工事の場合は、芝張りや播種を施工できる時期が決まっているため、工程管理も非常に重要な要素になります。

品質を重視すれば当然スピードは落ちますし、スピードを重視すれば品質が落ちてしまいますから、このトレードオフを関係者全員がワンチームで乗り越える必要があります

また基本的なスタンスとして、施主は低予算で高品質な工事を要求する一方で、施工業者は作業の手間を減らして利益を最大化させようとするバイアスが常に働きますから(エージェンシー理論)、工事中は双方の代表者同士が相互の利害を調整しながらプロジェクトが進むことになります。

このほかにも悪天候や災害、想定外のアクシデント、仕様変更などが頻繁に起こるため、これらの複雑な背景も含めて、素早く判断して工期や品質を担保するための施工管理者や品質管理者、またそれらをまとめ意思決定できるプロジェクトマネージャーが工事成功のキーマンとなります。

写真などの記録で確認する場合も
グリーンの勾配などは傾斜器などで綿密に確認される

9. 竣工

竣工時に行われる竣工検査の様子

無事に竣工となっても、芝生は完全に根付くまでに1-2年の期間を要しますから、その後も定期的に訪問して、計画通りの養生管理をしているかを観察する必要や、養生期間に相応しいオペレーションの提案なども重要です。

まとめ

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ゴルフ場の改修工事は、多くの課題や目的を明確にし、それに基づいた計画と進行管理を行うことが成功の鍵です。この記事で紹介したステップは、工事を円滑に進め、望む成果を最大限に引き出すため、日本のゴルフ場オーナーの指針となるように書きました。

オーナー主導であれ、請負業者主導であれ、どちらのアプローチにも特有のメリットがあります。重要なのは、要件定義から始まる計画の初期段階で明確な目標を設定し、適切なパートナーと協力して進めることです。

設計者、施工業者、そして管理チームが一丸となり、相互の期待と現実的な予算・工程を調整することで、優れたコース改修が実現します。

適切な準備、入念な設計管理、細心の注意を払った品質管理によって、完成したコースは持続的な運営、高い資産価値、そして何よりも高いプレーヤー満足度をもたらすでしょう。

この記事を書いた人

ゴルフ活動家
ゴルフビジネスに特化したコンサルティング、ゴルフ場のオーナー代理人、ゴルフコース改修プロジェクトマネージャー、人材育成のためのコーチング、セミナーや執筆をしてます。詳しくはプロフィールページをご覧ください。

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