ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』で、人材育成に関するコラムを連載させていただいております。
第39回はのテーマは『なぜリーダーは嫌われるのか?組織で悪口や陰口が起こるメカニズムと対策』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。
このコラムを読んでいる読者の皆さんは、自分に対する陰口や批判を耳にしたことはありますか?多くの職場では「うちの社長は…」「また部長が…」といった陰口や悪口が絶えないと聞きますが、なぜ組織ではリーダーに対して冷ややかな陰口や悪口が起ってしまうのでしょうか。そのメカニズムを知ればあなたのストレスが低減され、正しい対策を取れることでプロジェクトの成功確率も上がります。
生存と生殖の本能が集団に陰口を生み出す
私たち人間を含む全ての生き物には根源的な「生存」への本能と「種の保存」という本能があります。人間は誰もが一人では生きられないため、群れを作る社会性の高い生物であると同時に、種を保存するため有能な異性とマッチングするためには、社会の中で競争に打ち勝ち、自己の遺伝子の優位性をその社会の中で示す必要があります。ですから私たちは群れという社会で他人と共存しながらも、その社会の中で競争に勝ち、他人よりも優位であることを示さなくてはならないというジレンマを抱えているのです。これが「表」では笑顔で協調し融和を尊重しながらも、「裏」では自分を優位にするために、他人の評価を落とすような言動をしてしまう原因と言われています。
人間は無自覚に他者の不幸が大好き
その最たる例が、ニュースなどで成功者や有名人の不倫に大きな反響が寄せられたり、薬物や犯罪によって社会から転落していくニュースが大きな話題になったりすることです。
社会感情を扱う心理学者として、嫉妬や恥の実証研究のパイオニアでもあるリチャード・H・スミス氏によると、「シャーデンフロイデ(他人を引き摺り下ろす快感)」と呼ばれるこの現象は、私たち人間は不幸な人を見ると「可哀想だ」と感じる一方で、「下方比較(自分よりも劣っている状態と比較する行為)」によって幸福を感じるというものです。その反対に幸せな人や成功している人を見ると「上位比較(自分よりも優位な状態と比較する行為)」によって不幸を感じ、それが妬みや嫉妬という感情の原因になると言われています。
このように聞くと”さもしさ(心が汚れている浅ましい様)”を感じてしまう方もいるかもしれませんが、これも私たち人間に備わっている本能的心理作用であり、そのメカニズムの根本には「生存」や「種の保存」という生物の本能が働いているのです。
もちろんこの本能は、私にも、あなたにも、そしてあなたが信頼している部下や上司や同僚にも備わっている性質であり、多くの人はその本能に対して無自覚です。
能力の低い人ほど自分を過大評価する
さらに能力や経験が低い人ほど正しい自己評価ができず、他者を過小評価したり、他者に対して批判的になる傾向があることが証明されています。これは認知バイアスの一つで「ダニング・クルーガー現象」と呼ばれています。例えば、野球やサッカーなどをテレビ観戦していると「俺だったらあんな采配はしない」といった具合に監督やコーチを批判するコメントをよく聞きます(笑)。当たり前ですが、監督やコーチはその世界ではトップオブトップとして選ばれている業界屈指のエキスパートであり、さらに言えば、戦術に長けているだけではなくリーダーシップやコーチングなどの競技以外の総合的能力も秀でた人が選ばれています。
視聴者よりもはるかに高い知識とスキルをもってその指揮に当たっているのですから、その采配には視聴者が想像にも及ばないような深い思考があるに違いないわけですが、能力や経験が低い人(その競技の素人)ほど、そうしたコメントをしてしまうことからもダニング・クルーガー現象について理解できると思います。
その反対に成功者や優秀な人からは、その成功要因を問われた際に「運が良かっただけ」「人に恵まれた」と言ったコメントを耳にするようになります。これを聞いて私たちは「あの人は成功しても謙虚だ」と評価しますが、実はほとんどの場合は謙虚心ではなく本心で言っていて、知識や能力が上がれば上がるほど、認知の抽象度が上がりますから、成功要因を具体的に述べることが難しくなってしまうのです。これは「インポスター症候群」と呼ばれる現象で、優秀な人ほど「自分の成功は運や状況に起因したものであり自分の実力ではない」と自分の能力を肯定できない人の割合が上がることもわかっています。
また、認知傾向に関する社会実験では「過去にイジメの被害者になったことがある」と回答した人は3人に1人の割合でいたにも関わらず、「加害者になったことがある」と回答した人はわずかに2000人に1人しかいませんでした。これは私たち人間は被害意識を過大評価する一方で、加害意識について過小評価してしまうという傾向があるからです。
これも組織の雰囲気や業績が悪いのは自分でせいはなく、会社や上司が原因だという批判に繋がる自己正当化の認知バイアスとも言えます。
だから上司は批判される
これまで読んできて分かるように、評価制度が機能している会社では優秀な人ほど出世しますから、「他人を過小評価することで無自覚に他人の不幸を喜ぶ部下」に囲まれることになります。誤解のないようにしたいのは、私がここで書いていることは、皆さんの周りの部下がどうしようもない人間で、あなたを蹴落とそうとしているという警笛ではなく、あくまでも社会心理学的な傾向に基づくと、会社という組織ではこのような状態が作られやすいということです。これは「民主的社会の不愉快」とも呼ばれますが、民主主義的に公平な評価に基づいてリーダーを選んだはずなのに、そのリーダーを見ると不愉快になり、批判や陰口によって蹴落としたくなるというジレンマです。
無自覚な批判に対して
まず私がリーダーの皆さんにアドバイスしたいことは、これまでの話を理解して、人間が他人を批判したり、その批判を裏でコソコソと言って自分の評価や信頼を低下させようとする行為のほとんどは無自覚であり、上司があなた以外の誰であってもそうした現象が起こるのが常ということを覚えておいてください。前述したように優秀な人ほど、自分の能力に対して肯定的になれないため、陰口を真に受けてしまい自分の言動を正そうと必死になった結果、能力が発揮できずにせっかくの良いプロジェクトや、最悪はあなた自身が潰れてしまう可能性があります。以前にも書きましたが(#18,#24参照)、日本人は批判に対して過敏に反応してしまう傾向が強いため、適度に受け流したり、時には批判を振り切って意思や行動を示すことはリーダーに必要不可欠な鈍感力であることを覚えておきましょう。
今回のコラムでは、もしかしたら皆さんを少し寂しい気持ちにさせてしまったかも知れません。これまで書いてきた「対話の重要性」とは違う切り口で組織やリーダーについて書いてみましたが、私が最後に述べたいことは、本質的にはリーダーは深い人間理解に基づく他者への共感が必要であるということです。
無自覚に他人を批判してしまう部下や同僚に対しても、リーダーは傷ついたり、ムキになったりせず、寛容に受け入れ、あるべき姿について対話をしていく必要があるのですから。