持続可能性を実現できるか?日本のゴルフ場灌水システムの現在地

「灌水(かんすい)」とは草木や農作物に水をまくことを意味する言葉で、ゴルフ場では主にスプリンクラーとそれに付随する設備のことを意味します。

ゴルフ場はその面積のほとんどが芝生で覆われています。
芝生が育つためには当然光合成が必要で、光合成には光、水、二酸化炭素が必要ですから、芝生にとっての水は私たち人間にとっての血液のようなものであり、コース内に縦横無尽に張り巡らされた散水用の配管はいわば血管のようなものです。
さらにいえば人間の体と同じように、その水を送り出すためのポンプ(人間の体でいえば心臓)や、水を濾過するための濾過装置(人間の体で言えば肝臓や腎臓)などの設備を総称して灌水(かんすい)システムと言います。

一般ゴルファーにも見覚えがあるフェアウェイに埋設されているスプリンクラー

一般的にコース内に埋設された配管やポンプなどの耐用年数は20-30年程度と言われており、以前の記事でも書いたように、日本国内のコースのほとんどが、更新の時期を迎えています。さらに灌水システムは全てトータルすると数億円規模の投資になりますから、高額なゴルフ場設備の中でも特に重要な投資に位置付けられています。

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目次

高まる灌水システムへの注目度

そんな灌水システムの重要性は年々高まっています。
その要因としてまず挙げられるのは温暖化による散水量の増加と、その水需要の高まりに対応するための散水のコントロールです。

水の惑星と呼ばれるこの地球でさえ、実は淡水(真水)は地球上の水分量のわずか2.5%と言われています。その中でも日本は世界有数の水資源に恵まれた国ですが、そんな日本でさえ、多くのゴルフ場では井戸水や、雨水をコース内の池に溜める貯水、川や沢からの水の引き込みなどによって、コース内の灌水資源を賄っています。そのため夏場の高温期に水不足になるとコースの芝生は一気に枯れてしまいます。

みなさんも特にここ数年(2018年頃からは特に)は夏場になると、暑さと水不足で茶色く変色したフェアウェイを見る機会が増えているのではないでしょうか?

そこで今回は、灌水システムの構成要素を理解し、ゴルフ場事業者や一般ゴルファーにどんな影響を与えるのかについて解説してみたいと思います。

灌水システムの3要素

灌水システムは水源からポンプで水を組み上げ、それをコース内に張り巡らされた配管を通って、スプリンクラーヘッドから放出されるという仕組みですが、設置に際しては主に3つの検討事項があります。

施工

新設ゴルフ場に設置されているHDPE管

灌水システムを作動させるためには、水源から散水エリアまでの工事が必要です。
施工には様々な変数、例えばコストや、期間や、工法などがありますが、資材を事例に取ると、日本のゴルフ場建設バブルの頃(1990年以前)は鉄管や塩ビ管などが使われていましたが、近年ではHDPE管(高密度ポリエチレン)やPE管(ポリエチレン管)が主流になっています。

ポリエチレン管は耐摩耗性、耐圧性、耐候性などの面でも劣化に強く、かつ可撓性(かとうせい=物質の弾性変形性)があるので、地震などの際に起こる地盤沈下や地層のズレにも追従して屈曲するため、灌水設備はもちろん、上下水道、ガス、工業用水などのライフラインでも使われています。特に自然災害が多い日本では優位に作用することは言うまでもありません。

一方で、日本でも直近の配管更新作業でもいまだに塩ビ管が使われるケースがありますが、PE管は接続を熱圧着などの処理が必要なため、施工手間やメンテナンスへの懸念や、塩ビ管はホームセンターなどでも容易に手に入ること、コストが安いというのがいまだに日本では塩ビ管が選ばれている理由のようです。

しかし、安いとはいえ破損前提の塩ビ管と、ライフラインでも使われる強度の破損しない(可能性が限りになく低い)ポリエチレン管との比較であれば、どちらを選ぶのが合理的と言えるでしょうか?

レイアウト

散水設計者がデザインするレイアウト例

日本のゴルフ場の18ホールあたりのスプリンクラーヘッドの平均的な数は約700個程度と言われていますが、海外で新設されるゴルフ場の平均は18ホールで1400個程度(約2倍)と言われています。

また日本のコースの中(特に冷涼な北日本)にはグリーンのみの設置や、ティーとグリーンのみの設置というコースも多くその場合、スプリンクラーヘッドの数は18ホールで300-400個程度になりますから、その差はさらに大きくなります。

日本は1年を通じて安定的に雨が降るという世界的に見ても非常に水に恵まれた環境であるため、散水に関して重要視されてこなかったのと、1990年以前のゴルフ場建設ラッシュ時に、灌水システムについて施主であるゴルフ場も施工者も知識がなかったことが大きな要因です。

もちろん一概にスプリンクラーの数が多ければ多いほど良いと言う訳ではありませんが、細かな制御ができることで、限られた水資源を有効に使えることや、過散水などを防ぐことができますから、コストやコンディションに大きな影響を与えます。

そんな重要な設備ですから、日本以外の国のゴルフ場プロジェクトでは、スプリンクラーレイアウトをデザインする「灌水デザイナー」という公認資格を持つ専門家に依頼するケースがほとんどですが、日本では施工業者が予算に合わせてレイアウトデザインをするというプロセスが一般的なため、導入プロセスについては30年前から進化していないのが現状です。

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システム

日本のゴルフ場では約30%のコースが自動散水システムを導入していると言われていますが、新設ゴルフ場の100%が導入していることを考えると、30%は正直かなり低い数字と言えます。

先日視察したベトナムのゴルフ場でも、コース管理棟に接続されたアプリケーションを使ってスプリンクラーが自動制御(あらかじめプログラムした散水アクションが実行される)されるのに対して、日本ではいまだに散水弁を開け閉めするためにスタッフがコース内をバイクで走り回る姿を見かけます。

現在はスプリンクラーの一つ一つにバルブ(弁)が付いた「バルブインヘッド」が主流

少子高齢化による労働力不足の懸念が高まっていく中で、このようなストレスをスタッフにかけ続けていると離職や採用にも影響がでてしまいますし、外国人労働者を雇おうにも、外国の方が故障も少なく、作業の自動化が進んでいるとなると、呆れられてしまいます。

スマートフォンやタブレットなどによるスプリンクラーのマルチデバイス制御や、GPSを利用した故障箇所の特定、ウェザーステーションと連携したデータに基づく自動散水制御など、最小限の労働力でコースを維持することがコンセンサスですから、生産性に影響するシステムの導入は更新の際の最重要検討ポイントになります。

灌水システムが影響を与える要素

こうした施工やレイアウトやシステムは、ゴルフ場ビジネスや、一般ゴルファーの体験に影響を与えます。

ターフコンディションとユーザビリティ

ベトナムのHoiana Shores Golf Clubのフェアウェイは日本と同じ高麗芝だが綺麗に整備され乗り入れも可能

これまで述べてきている通り、芝生にとって水は必要不可欠であり、綺麗なフェアウェイやグリーンでプレーをしたいというゴルファーのニーズを満たすことはゴルフ場にとっての至上命題です。

芝生のコンディションに影響を与えるという理由で禁止されているフェアウェイへのカートの乗り入れも、逆説的に考えれば芝のコンディションが保てるのであれば乗り入れは可能ということなので、最高のターフコンディションを維持することは、将来的に乗り入れを検討するゴルフ場にとっては、ユーザーの満足度を高める上で避けて通れない投資と言えます。

コスト

ドバイなどの中東の一部の国のゴルフ場では水を購入して散水しているようですが、水資源に恵まれた日本ではさすがに購入した水を撒くことはありません。しかし芝生の状態が悪化すれば、それだけ肥料や薬品などの使用量が増加しますから、当然コストは上がりますし、それを施肥するための労務コストもかかります。さらにターフコンディションが悪化すれば、お客様の満足度が低下しますから、集客や客単価にも影響がでる可能性が高まります。

労働負荷

日本では少子高齢化による労働力不足が深刻な問題になっていますが、特にコース管理のワーカーは世界中で不足しています。散水の自動化によるキーパーの心身への負担の低下はもちろん、故障の復旧作業のストレス低減は、労働資源の有効活用という観点でも重要です。

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環境負荷

芝生の健康状態が悪化して、肥料や薬品を多く使うということは、それだけ環境負荷が高まります。植物が十分生育するには窒素やリンなどの栄養分を与える必要がありますが、肥料や堆肥などをやりすぎると、吸収しきれなかった窒素は、土の中で硝酸イオンに変化し、それが地下水などの水脈を通って河川や海に流れて、地球温暖化、大気汚染、水質汚染、富栄養化、生物多様性の損失などに影響を与えていると言われています。

もちろんこれはゴルフ場に限った話ではなく、あらゆる農作物に言えることですが、芝生の育成も可能な限りオーガニックにすることは環境的視点からも重要です。

一般のゴルファーのニーズも重要

日本で時代遅れの灌水システムが使われている(新たに更新したゴルフ場でも旧来のモデルや施工を採用してしまう)理由の一つとして、ユーザーである一般ゴルファー(特にメンバー)のニーズも影響しているというのが私の持論です。

冒頭にも書いた通り、灌水設備というのはゴルフ場の設備投資の中でも大きな金額に分類されます。
クラブはその設備投資のファイナンスのために、年会費の値上げや、新規会員権の発行などで資金調達をしようと理事会を開きますが、その際に利用者である会員から、「会費が上がるくらいなら安いので良い」「今と同じので良い」となってしまうと、けっきょく人や環境に負荷をかけ続けたあげく、将来フェアウェイへの乗り入れもできないような、不便で美しくないゴルフ場を次の設備更新時期である30年後の次世代まで使い続けることになってしまいます。

歴史とは、過去に止まることではなく、新しいことを積み重ねることで築かれていくものではないでしょうか?

このように次世代への負の遺産を残さないためにも、ゴルフ場事業者、施工者、利用者の3者がこの設備投資の重要性をよく理解していくことが日本のゴルフを前に進めるためには重要です。

この記事を書いた人

ゴルフ活動家
ゴルフビジネスに特化したコンサルティング、ゴルフ場のオーナー代理人、ゴルフコース改修プロジェクトマネージャー、人材育成のためのコーチング、セミナーや執筆をしてます。詳しくはプロフィールページをご覧ください。

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