2023年5月8日、コロナウイルス感染症は5類感染症に移行し、2020年前半から続いたパンデミックは事実上終了しました。
飲食や旅行などの業界が経済的な打撃を受ける中で、ゴルフは屋外で楽しめる安全なアクティビティとして注目を集め、日本国内ではゴルフ人口は10%増に相当する約60万人の新規ゴルファーが参入したと言われており(矢野経済研究所)、これまで減少の一途をたどっていた国内ゴルフ人口は上昇し、それに伴いバブル後初めて会員権価格が上昇を見せるなど、パンデミックが追い風となりました。
一方で、一足早く日常を取り戻したアメリカやイギリスを中心に、グローバルではすでにゴルフへの関心低下の兆候がで始めており、コロナで得た勢いを無駄にしないための今後の対応についての議論が始まっています。
今後の見通しを予測するとともに、国内のゴルフ場がすべきことを考えてみたいと思います。
ゴルフに追い風となったパンデミック
2020年年明けから起こった世界的なパンデミックにより、「三密」に該当しない「屋外型のアクティビティ」としてゴルフに注目が集まりました。
2021年の国内ゴルフ用品市場規模は、メーカー売上高ベースで前年比19.4%増と大幅に増えており、これはコロナ前から比較しても4-5%増加をしています。
日本以外の国でも同じ現象が起こっており、R&Aによるとコロナ禍で増加したゴルファーは世界全体で6100万人から6600万人と約500万人増加したと推計されており、実際に2021年ゴルフ用品とゴルフアパレルの市場規模は史上初めて200億ドルを超えて、これはコロナ前の2019年(149億ドル)と比較すると50億ドル以上も市場規模が拡大したことを意味します。
これに伴いゴルフ会員権の価格も上昇し、従来の会員権購入者である50-60代はもちろん、新規参入の30-40代の購入者が増えたことで、関東8都県150コースを対象とした会員権の平均相場は2021年の220万円から2022年は233万円に上昇し、特に都心近郊の名門コースに至っては1.5倍近く値上がりしたコースも多く見受けられました。
こうした需要に支えられて、年会費や入会金の値上げを実施したゴルフ場も多く、これまでゴルフ人気衰退の一途を辿ってきた日本のゴルフ産業にとって、奇しくもパンデミックは神風となりました。
コロナバブルの終焉
コロナの恩恵を受けてきたゴルフ業界ですが、世界的なパンデミックの終焉に伴い、その需要が見直され、今後は徐々にコロナ前のトレンドに戻っていくことが懸念されています。
2020年10月以降堅調な株価の伸びを見せていた米国のトップゴルフも、コロナの収束と共に同社が予測した数字が達成不可能になったことを受けて2023年5月10日で13%安の終値をつけており、このほかにも多くのゴルフ関連銘柄の移動平均線が下降トレンド入りしたことから、社会全体がゴルフブームが下火になっていく予想をしていることが分かります。
日本ではまだ顕著な数値は発表されていませんが、市場の予測では今年の後半頃から揺り戻しが来ると予想されており、コロナバブルが終焉期に入っています。
日本のゴルフ場にとって重要なマクロ環境
こうした環境の中で、日本のゴルフ産業全体では少子高齢化による需要(利用者)の低下、供給(就労者)の不足、また多くのゴルフ場が1991年以前に作られているという背景から大規模修繕のタイミングを迎えており、多くのキャッシュが必要となる設備投資をどうクリアしていくのかという課題もあります。
どの問題も切実ですが、総合的に見ると、ゴルフ場は事業全体から得られる営業キャッシュフローを増やしながら、その資金を段階的に設備投資に充当していくという中長期的な戦略が必要ということになります。
特にクラブハウスやコースの修繕は数千万円〜数億円規模の投資が必要となることから、これらの資金が捻出できないゴルフ場が事業売却や、第三者による増資を検討することで、価格競争が激しくなることも予想されます。
ゴルフ場が取るべきアクション
こうしたマクロ環境を踏まえてゴルフ場が取るべきアクションを整理してみたいと思います。
新規ゴルファーの維持と獲得
冒頭にも書いた通り、コロナ禍で約60万人の新規ゴルファーが誕生したと推定されており、ゴルフ人口全体では約40万人の増加(20万人が離脱した)と見込まれています。
今後も高齢とそれに伴う病気や怪我やライフスタイルの変化によって毎年20万人程度の離脱が予想されていることから、あと2-3年もすると2019年当時と同じ程度の需要に戻っていくことが予想されます。
ゴルフ場の来場データを見ると、新規ゴルファーの年齢層は39才以下の増加率が高く、コロナ禍で多くの若年ゴルファーが参入したことを考えると、こうしたプレイヤーはまだ数十年はゴルフを続けてもらえる可能性を持っていますから、長い目で見ると目先の高齢者の需要よりも、今後長く利用してもらえる若年層のゴルファーに向けたサービスやオペレーションを提供していく必要があると言えます。
オペレーションの省力化とDX
需要の維持や創出と同じく、ゴルフ場は人手不足の問題にも直面しています。
特にゴルフ場は広大な敷地を維持するためのコース管理スタッフや、大きなクラブハウスを維持するためのサービススタッフが不可欠であり、特に採用に不利な都市部から遠い山間部では従業員の高齢化や不足が顕著です。
以前の記事でも書いた通り、日本のゴルフ場の従業員数は海外のゴルフ場と比べると約3倍程度の人手をかけて運営していますから、オペレーションの省力化やDXは急務と言えます。
差別化を前提とした設備投資
一般的に大規模な設備投資は25年から30年サイクルで実施されます。
特にクラブハウスのリノベーションや、コースの給排水などは数千万円から数億円の設備投資が必要になります。
こうした設備投資では「現状復帰」を目的とした設備投資ではなく、将来の需要に繋がる設備投資にすることです。
こちらも以前の記事で紹介していますが、ゴルファーがゴルフ場を選ぶ際の要因についてはすでに世界中のゴルフ団体が調査を行っています。
ゴルフ場が選ばれるために最低限備えている必要がある要因(不満要因)と、満足と不満を分ける要因(パフォーマンス要因)、なくても不満に繋がらないがあったら嬉しい要因(満足要因)を把握し、適切に設備投資を行う必要があります。
2035年までの都道府県別の人口予測やレジャー白書、経済産業省の「特定サービス産業動態統計調査」といった資料に基づいて、余剰ゴルフ場数を推計したデータによると、2035年までに関東圏だけで150コースが余剰(余剰ゴルフ場より)になると言われていますから、供給過多の状況で近隣の商圏が重なるゴルフ場と同じサービスを提供していると価格競争に参加せざるを得なくなってしまい産業全体が衰退してしまいますから、「いかに差別化要因を構築できるか」というマーケティング思考がこれからのゴルフ場には必要とになります。
サービスの拡大(装置産業からサービス産業へ)
またゴルフ場はその性質上、大規模な設備投資をして大型の施設や設備といった固定資産を低い資本回転率で回して稼ぐ装置産業という考え方が一般的ですが、すでにグローバルでみるとメンバーシップベネフィットを充実させてサービス産業化を進めているコースも出始めています。
メンバー限定の新車試乗会や、ワインやアートの販売、旅行や他クラブとの交流戦の提供など、ゴルフ場が保有している固定資産ではなく、顧客資産を軸にしたビジネスは、コト売りビジネスが成長している現代において、まだまだ成長の余地があると言われています。
特に日本の場合はゴルフカルチャーが特殊でインバウンド需要も見込みにくいことから(残念ながら日本のゴルフ体験は外国人から見て魅力的と言い難い)、需要の増加は限定的になっていくことが予想されていることから、既存の顧客に新規の製品を提供する(既存市場×新規製品)成長戦略が必要不可欠です。
まとめ
ゴルフに限らず、どの産業でもイノベーションは不可欠である一方で、ブランドを有する歴史ある老舗には変わらない良さが求められます。
日本は産業が硬直化した時代が長かったことで主体的な変化をしないままに、ゆっくり徐々に衰退していくいわゆる茹でガエル状態になっていましたが、幸か不幸かコロナバブルという神風によって勢いを取り戻した感もあります。
以前の「何をやればいいか分からない」というアイディアの枯渇という状態から、やるべきことは分かっていて、それを実行できるかどうかという実行力の勝負というフェーズに移行したと感じています。
この変化を捉えられるか否かが、今後の日本のゴルフ場の未来を決めると言っても過言ではないと思い、この記事を書かせていただきましたが、読者の皆さんはどう思われたでしょうか。