ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』で、経営に関するコラムを連載させていただいております。
第20回はのテーマは『値引きの心理学 ―行動経済学に学ぶ「選ばれる料金プラン」の作り方―』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。

「近隣のあのコースが平日8,000円を切ってきた。うちも下げるしかないのか」。ゴルフ場経営者から、近年とりわけ強く聞かれるようになった悩みです。ネット予約が主流となり、利用者は複数コースの料金を一画面で見比べ、「安い順」に並べ替えて上から検討します。価格が一円単位で可視化される時代に、値下げ合戦は避けられないように見えます。
特に商圏が重なる近隣コースとの競争では、利用者にとって各コースの違いは見えにくく、価格が唯一の分かりやすい比較軸になりがちです。だからこそ価格に逃げたくなりますが、その先に待つのは体力勝負です。価格は最も模倣されやすい施策であり、こちらが下げれば近隣コースもすぐに追随します。結局は地域全体で利益を削り合う消耗戦に陥りがちです。そこで今回は、同じ割引額でも「選ばれる見せ方」をつくる行動経済学の視点から、消耗戦に陥らない料金プランの設計を考えます。
比較が当たり前の時代の消費者心理 ―アンカリング―
行動経済学の代表的な発見のひとつに「アンカリング」という概念があります。人は最初に提示された数字を基準(錨=アンカー)にして、その後の価値を判断するという心理傾向です。
ネット予約サイトの「安い順」ソートは、まさにこの心理が働く戦場です。最安値が画面上部に並び、それが利用者の基準値(アンカー)になります。しかし最安値の座は長続きしません。すぐに他コースに抜かれ、それを追えば際限のない値下げに巻き込まれていきます。
そこで対抗策は、自分のページ内に「もうひとつの基準」を自らつくることです。たとえば通常料金を必ず併記し、「通常12,000円→本日8,800円」と見せるテクニックです。提示する割引後価格そのものは同じでも、12,000円というアンカーがあることで8,800円の「お得感」は格段に増します。比較の土俵を、他コースとの横並びから、自場の通常価格との縦比較へとずらすわけです。ホテル予約サイトなどでも度々目にするテクニックなので、自分の経験で思い当たる方もいるかもしれません。
また、ネット予約サイトで利用者が見ているのは価格だけではありません。口コミ評価、コースやレストランの写真、プラン内容の説明文も同時に比較されています。最安値でなくとも、評価や写真、プラン文面の魅力で「価格差を納得させる」ことができれば、安い順の上位でなくても選ばれます。価格を下げる前に、これらの非価格情報を磨くことこそ、消耗戦を避ける第一歩になります。
なぜ「松竹梅」では真ん中が選ばれるのか ―極端回避性―
次に活用したいのが「極端回避性」です。人は3つの選択肢を示されると、最も高いものでも安いものでもなく、真ん中を選びやすいという傾向を持ちます。寿司屋で「竹」が最も出るのは、この心理によるものとされています。
ゴルフ場の料金プランも、単一価格ではなく3段階で設計してみましょう。たとえば「セルフプレーのみ(梅)」「昼食付き(竹)」「昼食+ワンドリンク+小土産付き(松)」といった具合です。多くの利用者は中位の「竹」を選びます。つまり、最も売りたい価格帯を意図的に「真ん中」に置くことで、狙った客単価へ自然に誘導できます。最上位の「松」は必ずしも数多く売れなくてよく、竹の割安感を引き立てる“見せ球”として機能します。単一価格のままでは、この強力な誘導装置を自ら手放していることになります。
「得」より「損」が人を動かす ―損失回避傾向とフレーミング―
カーネマンとトヴェルスキーが提唱したプロスペクト理論によれば、人は同じ大きさなら「得をする喜び」よりも「損をする痛み」を大きく感じます。これを「損失回避」と呼びます。
この性質は、同じ内容でも「伝え方(フレーミング)」次第で反応が変わることを意味します。たとえば「早期予約で500円割引」という得の訴求よりも、「直前予約は500円割増」という損の提示のほうが、早期予約を強く後押しする場面があります。前者は「得しそびれてもよい」と流されがちですが、後者は「損したくない」という感情を刺激するためです。ネット予約で見かける「残りわずか」といった表示も損失回避を利用した手法ですが、実在しない在庫を煽る表示は信頼を損ねます。あくまでも実態に即して使うことが欠かせません。
値引きが「安売り」になる瞬間 ―割引設計の落とし穴―
ここまで「見せ方」を述べてきましたが、値引きそのものの設計も重要です。理由のない一律値下げは、ブランドと客単価を同時に毀損します。
本連載の損益分岐点・管理会計の回(#17・#18)でも触れたとおり、守るべきは限界利益です。割引には必ず「条件」を添えましょう。閑散時間帯限定、平日限定、リピーター限定、早朝・薄暮限定といった具合です。たとえば日没前の薄暮プレーや平日午後のスループレー枠は、放っておけば収益ゼロの時間です。ここに条件付きの割引を当てれば、固定費を回収しながら新たな客層との接点も生まれます。条件付きにすれば、本来フル価格で来場する顧客まで安売りすることなく、空いた枠だけを埋める“追加の一人”を取り込めます。これは需要の谷を埋めるための価格設計であり、誰にでも適用される単なる安売りとは本質的に異なります。
明日からできるプラン設計の3原則
最後に、選ばれる料金プランの原則を3点に整理します。
第一に、基準価格を必ず見せること。通常料金を併記し、自場の中に比較の物差し(=アンカー)を置きます。第二に、選択肢は3つに絞ること。多すぎる選択肢はかえって利用者を迷わせ、離脱を招きます。集客に失敗するゴルフ場に多いのはこのパターンでプランが多過ぎて選びにくくなっています。第三に、割引には必ず条件を添えること。誰に・いつ・なぜ安くするのかを明確にし、限界利益を守ります。非公開のメルマガやLINE会員限定は特に有効です。
価格競争の本質は、最安値の取り合いではありません。同じ価格を「どう見せ、どう意味づけるか」という設計の勝負です。比較が当たり前になった時代だからこそ、消費者心理を踏まえた一手が、消耗戦から抜け出す糸口になるはずです。


