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あなたのゴルフ場はいくらですか?ゴルフ場の企業価値と『平時の準備』の重要性

前編では、バブル期開場コースの一斉老朽化、経営者の高齢化、黒字でも更新資金が不足する財務構造、そして国内富裕層・海外資本の投資余力の膨張という需給両面の要因から、ゴルフ場M&Aが構造的に活発化している背景を解説しました。

後編は実務編です。
経験豊富な買い手、特に投資ファンドや大手事業会社は、専門家を交えたチームで精緻なバリュエーション(企業価値評価)とデューデリジェンス(買収監査、以下DD)を行い、交渉に臨みます。売り手側のオーナーが評価の仕組みと価格調整のメカニズムを知らないまま交渉に入れば、情報の非対称性はそのまま価格差となって表れます。

本稿では、①相談先、②企業価値評価の手法、③ゴルフ場特有のDD、④価格を左右する条件、⑤早期準備の重要性、の順に整理します。

目次

ケーススタディーあるゴルフ場の再出発

まず本稿のはじめに、私がこれまで見聞きした事例を組み合わせた「典型例」として一つのケースをご紹介します。

開場40年を迎えた18ホールのゴルフ場。年間来場者は年間4万人程度で安定しており、経常利益は毎年3千万円の黒字。オーナーは創業家の二代目で70歳、経営に大きな不満はありませんでした。

しかし散水設備で漏水事故が頻発し始めたことで業者に相談したところ、ポンプや配管が老朽化しており全面更新で約3.5億円の見積もり。さらにクラブハウスでは頻繁に雨漏りが発生しており、空調・給湯設備も更新期を迎えていることが判明、今後10年に必要な修繕費を計算してみたところ、剰余金では到底追いつかない金額になりました。これが前編で述べた「黒字老朽化」の典型です。

オーナーは金融機関に借入の相談をしましたが、会員権による預託金債務を抱えたバランスシートでは十分な調達ができず、相続予定だった息子とも相談し、方針転換を決断し「設備投資を担ってくれるスポンサー探し」を開始。約1年半の交渉を経て、新オーナーへの株式譲渡が成立しました。

譲渡後、新オーナーは散水設備とクラブハウスの更新を実行し、コースコンディションの改善とともに年会費やプレー代の値上げを敢行。収益は改善されゴルフ場は次の30年へ向けて再出発しました。

このケースを聞いた多くのゴルフ場経営者は「ウチのことか?」と思わず勘繰ってしまうほどに実は今日本中のゴルフ場で起こっている「よくあるケース」なのです。散水設備の漏水、ハウスの雨漏り、カート道のひび割れ、既設池の漏水、橋梁部材の腐食、注意深くゴルフ場の隅々を見てみると、このケースが実はどこにでもある物語であることは想像に難しくありません。

誰に相談するか―相談先の類型と役割分担

M&Aの検討は情報管理の観点から相談相手の選定が最初の関門となります。
売却検討の情報が従業員・会員・取引先に漏れれば、それ自体が退会や人材流出を招き、企業価値を毀損しかねません。代表的な相談先と役割は以下の通りです。

M&A仲介会社・FA(ファイナンシャル・アドバイザー):買い手候補の探索、条件交渉、プロセス管理の中核です。仲介(売り手・買い手の双方から手数料を受領)とFA(片側専属)では利益相反の構造が異なるため、契約形態と手数料体系(着手金・中間金・成功報酬、最低報酬額)は契約前に必ず確認すべきです。なお2024年版「中小企業白書」関連調査では、M&Aの一般化に伴い「支援業者への規制強化が必要」と考える中小企業が約6割に上っており、悪質な業者とのトラブルは現実のリスクとして認識されています。中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」への登録有無や、ゴルフ場案件の実績は最低限の確認事項です。

メインバンク・地域金融機関:財務情報を既に把握しており、守秘性の高い初期相談先として機能します。銀行系のM&A部門や提携仲介会社を通じた買い手紹介のルートも持っています。一方で、既存融資の保全という銀行自身の利害が関わる点は認識しておく必要があります。

弁護士・公認会計士・税理士:ゴルフ場M&Aでは特に預託金・会員権をめぐる法的整理が価値を左右するため、ゴルフ場の会員制度(預託金制・株主会員制・プレー権型等)に精通した弁護士の関与が不可欠です。基本合意書・最終契約書の表明保証条項の設計も弁護士の領域となります。また株式譲渡・事業譲渡・会社分割といったスキームごとに、オーナーの手取額に対する課税は大きく異なります。スキーム設計と税務は初期段階から検討すべきです。

業界コンサルタント:財務諸表には表れないコースコンディション、コース管理体制、商圏内での競争ポジション、更新投資の優先順位といった「事業の中身」を買い手に説明し、あるいは磨き上げる役割を担い、後述するDDでの減額を防ぐ武器になります。

重要なのは、いずれか一者に丸投げするのではなく、FA・弁護士・会計士・業界専門家によるチームを売り手側にも組成することです。買い手も通常、複数の専門家によるチームで評価・交渉に臨んできます。

企業価値はどう算定されるのか―3つの評価手法

次に気になるのは、いったい自分のゴルフ場がいくらで売れるのか?ということでしょう。

企業に値付けをする方法はいくつかあり、実際には以下で紹介する方法の一つを採用して値段が決まることはありません。実際の現場では複数の企業価値算出方法によって企業が評価され、金額の妥当性が導き出されます。

2-1. 時価純資産法(コストアプローチ)

帳簿上の資産・負債をすべて時価に引き直して純資産を算出する手法です。ゴルフ場の場合、①バブル期に高値で取得した土地・建物の帳簿価額と時価の乖離(含み損)の減損、②将来の返還義務を伴う預託金の実態評価、という2つの大きな修正が入ります。土地が広大であるため一見資産価値が大きく見えても、時価評価と預託金債務の織り込みで純資産が大幅に目減りするケースは珍しくありません。

2-2. DCF法(インカムアプローチ)

将来のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を求める手法です。理論的には精緻な評価手法ですが、ゴルフ場は天候・季節要因で収益が変動しやすく、将来予測の前提の置き方で結果が大きく振れます。安定したプレーフィー収入と年会費基盤を持つコースなどでは、次に述べるEBITDAマルチプル法などと併用して企業価値を検討します。

2-3. EBITDAマルチプル法(マーケットアプローチ)――重要な評価指標

実務上、EBITDAマルチプルは企業の収益力から価値を測る重要な評価指標の一つです。特に一定の収益力を持つゴルフ場や複数コースを運営する事業会社では重視されます。

計算構造は次の通りです。

EBITDA = 営業利益 + 減価償却費等
EV(企業価値)= 株式価値 + 有利子負債 − 現預金等
マルチプル(倍率)= EV ÷ EBITDA

EBITDAは、減価償却費などの影響を除いて事業そのものの収益力を見る代表的な指標です。ただし、設備投資負担の大きいゴルフ場では、EBITDAがそのまま自由に使えるキャッシュを意味するわけではありません。後述する将来CAPEXも含めて評価する必要があります。

ここでオーナーの皆様に認識していただきたいのは、損益計算書の最終利益だけを見て自社の価値を過小評価してはならないということです。設備集約型のゴルフ場は減価償却費が大きく、営業利益や純利益が薄くても、EBITDAで見れば相応の収益力を持つケースがあります。「赤字だから売り物にならない」という自己判断は、必ずしも正しくありません。

ゴルフ場特有のデューデリジェンス―初期提示価格はなぜ下がるのか

意向表明書に記載された価格が、DDを経た最終契約で減額(リダクション)されることがあります。ゴルフ場で価格調整の要因となりやすいのは、次の3領域です。

3-1. コース資産の実態(物理DD)

買い手は専門家を投入し、散水設備・地下配管の老朽度、コースの排水の機能、カート道路のひび割れ、橋梁の腐食度合いや強度などを実地調査します。前編で示した通り、これらの更新には18ホールで数億円規模(実務推計)を要するため、数年内に発生が見込まれる修繕・更新費用は「将来CAPEX」として事業計画や企業価値評価に織り込まれ、結果として提示価格を押し下げる要因になります。帳簿に表れないこうした設備の劣化は、特に見落とされやすい減額要因です。

あわせて財務DDでは、建設仮勘定として残されたコース資産を代表として、減損処理されていないバブル期の過大投資が精査され、時価純資産を押し下げる要因となります。

3-2. 預託金の法的・会計的整理(法務・財務DD)

ゴルフ場M&Aに固有の重要な論点が預託金(会員権返還義務)です。過去の民事再生等で預託金カットや据置期間の延長(再預託)を経たコースであっても、①会員規約の有効性、②据置期間の到来時期と返還請求の集中リスク、③会員権の分割等によって発生した複雑化した権利関係が厳格に査定されます。

預託金については、帳簿上の計上額だけでなく、実際の返還義務、据置期間、返還請求の可能性などが精査され、その実質的な負担額が企業価値評価に反映されます。償還猶予の特典として会員に付与される同伴者割引など、複雑化した権利関係が不明瞭であること自体がリスク要因となり、価格調整につながる場合もあります。

また会員構成の高齢化による退会・返還請求の動向も査定対象です。預託金制からプレー権型会員制等への移行状況についても、残存する返還義務や法的整理の状況とあわせて確認されることになります。

3-3. 更新投資の織り込み(事業計画DD)

買い手は、買収後に自らが投下すべき更新投資額を事業計画に織り込んだうえで買収価格を検討します。イメージとしては、

当初算定価値 − 預託金等の実質負担 − 将来修繕費等の影響 − その他偶発債務・リスク = 最終的な譲渡価格への影響

という構造です。実際には各項目が機械的に1対1で価格から控除されるわけではなく、事業計画、マルチプル、価格交渉などを通じて企業価値に織り込まれます。

逆に言えば、修繕履歴・設備台帳・中長期修繕計画が整備され、主要設備の更新が進んでいるゴルフ場は、将来CAPEXに起因する価格調整を抑えやすくなります。

環境面では、農薬等による土壌・地下水汚染の有無、河川・地下水の水利権や貯水能力の状況も調査対象となり、問題が発覚すれば浄化費用等が価格に反映されたり、場合によっては取引自体の中止につながったりします。

高く売れる条件・安く買われる条件

以上のメカニズムを踏まえると、価格を分ける条件は明確です。

高く売れる(プレミアムがつきやすい)条件

  • 預託金問題が解決済み(会員規約変更済みで償還猶予期間が設定されている、あるいは永久債化されている。あるいはプレー権化されている)
  • 散水・カート道路・空調等の主要インフラが直近数年で更新済み(買い手の追加投資が不要)
  • 修繕履歴と中長期修繕計画書が整備されている
  • 財務状況に余裕があり、複数の買い手候補による入札(オークション)形式を組成できる時間的余裕がある
  • 需要変動を吸収できるだけの安定した会員基盤や稼働実績があり、若年層・女性客の取り込みによる顧客基盤がある
  • 買い手側の運営戦略やブランド戦略に合致している

安くなる(ディスカウントされやすい)条件

  • 資金繰り悪化や、高額修繕の緊急性、相続税の納付期日が迫ることによる「急ぎ案件」(ファイア・セール)は交渉力を失い、相対1社との交渉を余儀なくされる
  • 償還期限を経過した預託金が大量に残存し、集団退会・返還請求リスクを抱えている
  • 開場以来、大規模修繕がほぼ手つかずで、数年内に莫大なCAPEXが必要
  • 会員の極端な高齢化により来場頻度が低下し、収益が漸減トレンドにある
  • 立地や規模が大手グループのドミナント戦略(集中運営による効率化)に合致しない

買い手の立場から見れば、「安くなる条件」を抱えたコースを割安に取得し、資本を投下して再生することは合理的な投資戦略です。大手ゴルフ場運営グループは、そうした割安コースを買収して、適切な資本投下とオペレーション改善がゴルフ場の価値をいかに引き上げるかを示す実例と言えます。

価格だけでは決まらない――ゴルフ場M&A特有の「承継価値」

ここまで生々しい価格の話をしてきましたが、ゴルフ場のM&Aの前後を見てきた筆者として、最後にどうしても伝えたいことがあります。それはゴルフ場のM&Aでは、最も高い価格を提示した買い手が選ばれるとは限らないということです。

一般企業のM&Aであれば、株主価値の最大化、すなわち価格が最優先の判断基準になるのが通常です。しかしゴルフ場には、価格に換算できない固有の価値があります。数十年通い続けてくれた会員の存在。コースを育ててきた従業員、グリーンキーパーやレストランシェフの高い技術。地域におけるクラブの歴史と暖簾。これらを「誰に託すか」という問いは、「いくらで売るか」以上の重みを持つことがあります。

実際、売り手オーナーが買い手を選ぶ際の判断基準として、次のような非価格要因が決め手になるケースがあります。

  • 会員のプレー環境と会員資格を尊重してくれるか
  • 従業員の雇用を守ってくれるか
  • トーナメント誘致やコース改修など、クラブのブランド価値を高めてくれるか
  • 短期転売ではなく、長期にわたりゴルフ場として存続させる意思があるか

私はこれを企業価値評価では測れない「承継価値」と考えています。

実際に後継者も相続人もいないゴルフ場オーナーで、複数の買い手候補の中から、最高価格を提示した相手ではなく、会員と従業員を守り、このゴルフ場を長く存続させることを約束した相手を選び、かなり低い条件で株式を譲渡したという話を聞いたことがあります。

経済合理性だけを見れば説明のつかない判断ですが、そのオーナーにとっては、ゴルフ場は父から受け継ぎ人生を懸けて守ってきた「場」でした。「高く売ること」よりも「後世へ残してくれること」を選んだ決断だったと聞きました。

ゴルフ場M&Aとは、突き詰めれば「ゴルフ場という特殊な資産を、誰の手で次の世代へ渡すか」を決める行為です。価格の交渉術と同じくらい、自分は何を守りたいのか、どんな買い手にであれば託せるのかを、オーナー自身が言語化しておくことも重要なのかもしれません。

結論―M&Aの準備とは、「売るための準備」ではありません

本稿の実務面の結論はシンプルです。ゴルフ場M&Aで最終的な手取り額と承継の質を決めるのは、交渉の巧拙ではなく、交渉開始前の入念な準備です。DDでの減額要因(預託金の未整理、インフラの未更新、財務の不透明性)は、いずれも解消に数年を要します。売却直前に取り繕うことは構造的に不可能であり、資金繰りが行き詰まってからの「急ぎ案件」は、価値評価の土俵に乗る前に交渉力を失います。

今日から着手できる準備は次の5点です。

  1. 預託金・会員制度の整理:会員規約・据置期間・権利関係の棚卸し、会員との交渉や弁護士を交えた交渉や移行シナリオの検討
  2. 設備の修繕台帳と中長期修繕計画の整備:地下インフラを含む劣化診断と、更新投資の優先順位付け
  3. 財務の透明化:建設仮勘定・遊休資産の整理、減損の実施、有利子負債の圧縮計画
  4. 自社の企業価値の把握:あらゆる算出方法で自社の価格を知っておく
  5. 相談チームの組成:専門家チームを平時の時から整える

この5つは、M&Aをするか否かにかかわらず、ゴルフ場の経営そのものを強くする施策とも言えます。預託金を整理し、修繕計画を立て、財務を透明にしたゴルフ場は、売らずに経営を続けるにしても、金融機関からの調達力が上がり、黒字老朽化への耐性が高まります。

自ら経営を続けるのか。資本提携で更新投資を実現するのか。信頼できる相手に承継するのか。どの道を選ぶにせよ、準備をしたオーナーだけが、自らの意思で、最良のタイミングに、最良の相手を選べます。準備のないオーナーには、時間切れの後に残された選択肢―廃業か、転用か、買い叩かれるかを受け入れることしかできません。

自分が守ってきたゴルフ場で30年後も誰かがゴルフを楽しんでいる。
その未来を決めるのは市場環境ではなく、オーナー自身の準備と想いです。
次の世代へ残すべきはゴルフコースなのか、それとも朽ち果てた土地なのか。
コースの価値がまだ十分に高い時にしかできない検討があるのです。

※本稿の評価手法・DD項目の記述は一般的なM&A実務に基づく解説であり、個別案件の企業価値評価、法務・税務上の助言を目的とするものではありません。実際の企業価値や取引条件は、収益力、資産状況、将来CAPEX、会員制度、取引スキーム等によって大きく異なります。設備更新費用は実務推計値です。

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この記事を書いた人

ゴルフ活動家
ゴルフビジネスに特化したコンサルティング、ゴルフ場のオーナー代理人、ゴルフコース改修プロジェクトマネージャー、人材育成のためのコーチング、セミナーや執筆をしてます。詳しくはプロフィールページをご覧ください。

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