ゴルフ界の総合経営誌『月刊ゴルフマネジメント』で、経営に関するコラムを連載させていただいております。
第20回はのテーマは『値引きの心理学 ―行動経済学に学ぶ「選ばれる料金プラン」の作り方―』です。
月刊ゴルフマネジメントに掲載された記事一覧は下記のリンクからご覧いただけます。

SNSを始める前に「誰に来てほしいか」を決める
「若いゴルファーを増やしたいので、Instagramを始めよう」「集客を強化するためにSNSに力を入れたい」。近年ゴルフ場の方からこうしたお話を伺う機会が増えました。SNSは大きな費用をかけずに始められ、写真や動画でコースの雰囲気を直接伝えられます。取り組むこと自体は間違いではありません。ただSNSはマーケティング戦略そのものではなく、戦略を顧客へ伝える手段の一つにすぎません。伝えるべき相手や中身が定まっていなければ、どれほど熱心に投稿を重ねても、成果には結びつきにくいのです。
その中身を決める枠組みが、経営学でマーケティングの基礎と言われている「STP」と呼ばれる考え方です。Segmentation(セグメンテーション)は、市場にどのような顧客が存在するのかを分類すること。Targeting(ターゲティング)は、そのなかで誰を主要な顧客とするのかを決めること。Positioning(ポジショニング)は、その顧客から「どんなゴルフ場」として認識されたいのかを決めることです。
ゴルフ場の顧客は性別や年齢だけで分類できるものではありません。プレー頻度やゴルフ歴、競技志向かレジャー志向か、会員かビジターか、ゴルフへの支出水準、さらには仲間とのラウンド、夫婦や家族でのゴルフ、接待、ゴルフ旅行といった来場目的の違いなど、分類の軸はいくつも存在します。ここで注意したいのは、「すべてのゴルファーに来てほしい」というのはターゲティングではない、ということです。誰にでも当てはまる訴求は、結局のところ誰の記憶にも残りません。誰を選ぶかを決めることは、同時に、誰を主要な顧客としないかを決めることでもあります。
「誰に選ばれるか」が決まれば、ゴルフ場の4Pが決まる
ターゲットとポジショニングが定まったら、それを具体的な施策へ落とし込みます。その枠組みが4Pです。
Product(製品・サービス)は、ゴルフコースだけを指すものではありません。クラブハウス、レストラン、接客、カート、練習施設、プロショップ、ロゴグッズまで、顧客が体験するもの全体が含まれます。Price(価格)は、プレーフィーや料金体系、会員制度など。Place(流通)は、自社予約か予約サイトか、予約やチェックインの方法、アクセスなど、顧客が利用に至るまでの仕組みです。そしてPromotion(販売促進)が、Webサイト、SNS、広告、イベント、広報などにあたります。
たとえば「30〜40代のゴルファーに、仲間や夫婦で休日を楽しめるゴルフ場として選ばれる」というポジショニングを掲げたとします。この場合、コースの設定やレストランの内容、料金体系、予約のしやすさ、そして情報発信のすべてが、その顧客像に向けて設計されている必要があります。
重要なのは、STPと4Pは別々に考えるものではない、という点です。誰に選ばれるかを決めたのであれば、4Pはその答えに従って組み立てられるべきものです。両者の整合性が取れているかどうかが、マーケティングの成否を分けます。
SNSだけ若返らせても、ゴルフ場は若返らない
例えば、あるゴルフ場が若い世代の来場を増やそうとInstagramを開設しました。投稿には、若い男女が楽しそうにラウンドする写真や動画が並びフォロワーも少しずつ増えてきました。ところが、実際に来場するとどうでしょうか。ドレスコードや場内のルールは従来のまま厳格に運用され、予約もチェックインも手順が煩雑です。レストランのメニューやプロショップの品揃えは、長年の常連客を前提とした構成のまま。SNSで感じた雰囲気と、実際の体験が一致していない。これは、SNS運用担当者の技術不足が原因ではありません。Promotionだけを新しい顧客層に向けて変更し、Product・Price・Placeは従来のまま据え置かれている、というマーケティング理論でいうと不整合という状態です。ポジショニングを変えたつもりでいて、実際には伝え方だけを変えていた、と言い換えることもできます。
この状態では、投稿を工夫するほど期待と現実の差が広がり、かえって評価を下げることさえあります。問題はSNSにあるのではなく、その前段階にある経営・マーケティング戦略の不整合にあるのです。SNSで伝えているゴルフ場と、実際に顧客が体験するゴルフ場は、一致しているでしょうか。
SNSは「宣伝」ではなく、顧客との対話である
最後に、SNSのもう一つの役割に触れておきます。従来型の広告は、ゴルフ場から顧客へという一方向のコミュニケーションになりがちでした。これに対してSNSでは、ゴルフ場と顧客が相互にやり取りする関係を築くことができます。
いいね、保存、シェア、コメント、問い合わせ、そして来場した顧客自身による投稿とタグ付け。これらは単なる数字ではなく、ターゲットとする顧客が何に価値を感じているのかを教えてくれる情報です。どの投稿が保存されたのか、顧客はどの風景を自ら撮影して発信したのか。そこに、自社が想定していなかった強みが表れていることもあります。
つまりSNSは、4PのPromotionの一部であると同時に、顧客を理解するための情報を集める接点(タッチポイント)でもあります。そこで得た反応を、ターゲティングやポジショニング、そして4Pの見直しへ戻していく。STPで顧客を決め、4Pで顧客体験を設計し、SNSでその価値を伝え、返ってきた反応を再び経営判断に生かす。この循環を回し続けることが、現代のゴルフ場マーケティングでは重要になります。
マーケティングは、難解な専門理論ではありません。「SNSに何を投稿するか」を考える前に、「私たちのゴルフ場には、誰に来てもらいたいのか」「その方に、どのような価値を提供したいのか」「その価値は、実際の来場体験と一致しているのか」。この三つの問いに、自社の言葉で答えられるかどうかです。マーケティングの出発点は、SNSの投稿内容を考えることではなく、「誰に選ばれるゴルフ場になるのか」を決めることにあります。


