先日人生で初めてヒッコリーゴルフを体験してきました。
ヒッコリー(Hickory)とはクルミの木でできた木製シャフトのことで、ゴルフでは1500年代からスチールシャフトが誕生する1935年頃まで約450年にわたり使われていたと言われています。数種類ある木製シャフトの中でもヒッコリーは丈夫かつしなりがあるため、最も重宝された素材だそうです。
ヒッコリー時代のゴルフといえば、マスターズ創設者でもある球聖ボビー・ジョーンズが年間グランドスラムを達成した1930年頃がまさにヒッコリーの全盛期で、ヒッコリーシャフト時代の最も偉大な選手の一人であることから「ヒッコリーの伝説」とも呼ばれています。このことからも分かるようにヒッコリーはゴルフの隆盛期に使われていた道具として、現代のゴルフ文化の礎を作った素材とも言えます。
ヒッコリー製ゴルフクラブの特徴
ヒッコリーゴルフクラブは100年以上前に使われていたものを使用している方もいれば、現代でもスコットランドやアメリカでは数少ないメーカーがヒッコリーを作り続けており、現代復刻版のようなものまでありますが、概ね以下のような特徴があります。
重さ
木製シャフトはスチールやカーボンと比べると太くて重いため、ドライバーの総重量は400グラム以上にもなります。現代のゴルフクラブはアマチュアゴルファーが使うドライバーの平均的な重量は300g前後ですから、100gも以上も重いことになります。しかしシャフトが短いことや、手元側に重さがあるため、実際に振った感じはそんなに重さを感じません。
硬さ
木製シャフトですから、原木や乾燥の方法や期間によってそれぞれに硬さやしなり方(キックポイント)が異なります。
それだと各クラブでタイミングがバラバラになってしまい距離や方向にバラツキが生じてしまうため、硬さや重さやキックポイントを揃えるために、シャフトに画像のような蝋引きの糸を巻いてしなり具合を調整します。
もちろん使用している間にも乾燥や湿度や気温で変わってくるので、何度も自分好みに調整をするとのことで、まさに生きた素材とも言えます。
形
クラブヘッドもウッドは木製、アイアンは鉄製です。現代のようなステンレスやカーボンといった軽量高強度素材ではないので、寛容性を高めようとヘッドを大きくすると重たくなってしまうため、ヘッドはかなり小さめになります。
グリップ
グリップは現代のようにゴムでシャフトに挿入するものではなく、ヒッコリーゴルフの伝統的ルールとしてシャフトに巻きつけるタイプのものが推奨されています。素材はバックスキンで、通常のグリップのようなテーパー(径が先端に向かって先細りしている形状)がないので、グリップは少し強めに握ってしまうのも難しさの要因だと感じました。
素材や構造がもたらすゲーム性の違い
ご存知のように現代ゴルフは目まぐるしい技術革新によって、カーボンシャフト、メタルウッド、高い形成技術による低重心のアイアン、ミーリング技術によるスピン加工、高ROIパターなど、「真っ直ぐ」「遠く」に飛ばすために、「素材」と「構造」が特に進化しています。
それらの影響から、「精神」や「思考」や「技術」を競う伝統的なゴルフから、身体的なパワーが特に重要視されており、ゴルフアスリートのトレーニングはもはや常識となりました。
ヒッコリーのクラブはそうした現代のクラブと比べると10-20%程度飛距離が低下し、さらにクラブ重心が高くボールも高く上がらないことや、スピンも入りにくく、なんと言ってもミスへの寛容度が圧倒的に低いことから、キャリーでピンを狙う近代ゴルフと違い、より風や地形、ハザードなどのコースデザインに敏感になるという特徴があります。
ヒッコリーゴルフ大会
行き過ぎた技術革新がゴルフ本来のゲーム性や特徴を歪めているという事実は、近年のコース延長改造議論からも分かるように、その是非が問われています。
そんな中、ゴルフの文化継承という目的からヒッコリーゴルフの世界大会が開催されており、2018年大会では国別対抗戦に日本から参加した代表チームの3名が団体戦で優勝するという快挙も成し遂げています。その後も日本チームは3連覇しているので日本はヒッコリーゴルフの優勝常連国です。
日本でのオープンイベントや予選大会も日本最古のゴルフ場である「神戸ゴルフ倶楽部」や「鳴尾ゴルフ倶楽部」などの普段では閉ざされている全国の名門コースで開催されており、さらに世界大会は本場スコットランドのPrestwick Golf Club、Dundonald Golf Links、Castle Stuart Golf Linksなどの全英オープン開催コースで開催されていることからも分かるように、ゴルフの伝統的な文化を継承していく意味においてもヒッコリーゴルフへの支援が広がっています。
文化継承
参加者の装いも男性はニッカポッカやツイードのベストやジャケット、女性はロングスカートを着用するなど徹底しており、クラブと同様に機能性を重視する近代ゴルフとは違い「スタイルを競い合う」という特色が強く出ているのが印象的です。
ゴルフはスポーツや産業であるという側面に加えて、文化という側面もあります。
クラブやウェアやシューズが全て経済性や機能性だけを追求して発展していくと、いずれは曲がらないクラブや、誰でも飛ばせるクラブ、快適で動きやすいジャージ素材の服に行き着くことは容易に想像できますが、それが「ゴルフ」という文化の本質を踏襲しているかという疑問が湧いてきます。
過去に囚われると革新性が失われる一方で、革新性や合理性だけを追求すると、文化性や思想が失われ、ゴルフそのものの本質的な意味を変えてしまうジレンマは常に産業を悩ませている問題です。
そうした意味でも、伝統的なゴルフ文化がどういうものであったか、またどういう思想でプレーされていていたのかというゴルフの本質を知る意味において、ヒッコリーゴルフの重要性は高まっているのではないでしょうか。
「JAPAN HICKORY GOLFING SOCIETY」