2026年9月30日から10月3日まで、春日井カントリークラブ東コースで第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)のゴルフ競技が行われました。
筆者は会場代理人(Venue Representative)として、約1年にわたりR&Aでアグロノミーを担当するクリス・グレイ氏と現地を歩き、コースコンディションを協議してきました。3ヶ月に一度の訪問とその度に送られてくるレポート、そこで求められたのは「完璧なコース」ではなく、18ホールに一貫したフェアな競技条件でした。8月の渇水と9月の記録的な大雨という正反対の気象のなかで、何を優先し、何を捨てたのか。その経験から、日本のゴルフ場の管理とビジネスの視点から、その考え方を整理します。

R&Aからの意外な要求
約1年前、クリス・グレイが初めて春日井CCを訪れた日、私は彼にこう尋ねました。
「具体的に、どのようなコンディションを求めているのですか」。
国際競技の会場です。グリーンスピードは何フィート、ラフは何ミリ、といった数値の一覧が返ってくるものと、私は身構えていました。
返ってきた答えは予想と違いました。すべてを100%完璧にする必要はない。芝の状態は80%程度でも構わない。それよりも、どのホールでも同じようなコンディションが得られることが重要だ。そういう趣旨の説明でした。最初にお断りしておくと、この「80%」はR&Aの公式な基準値ではありません。私がクリスとの会話のなかで受け取った彼のコースへの考え方です。ただ、その後の約1年間を振り返ると、現場で下した判断の多くはこの一言に行き着きます。


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世界基準は”完璧”ではなかった
日本のゴルフ場でコースの良し悪しが語られるとき、評価軸はたいてい「綺麗かどうか」「グリーンが硬くて速いかどうか」です。私自身、国際競技となればその両方を最高水準まで引き上げることが求められるのだろうと考えていました。
ところが、クリスがホールを歩きながら繰り返し確認していたのは、個々のホールの出来栄えよりも「ばらつき」でした。あるホールのグリーンだけが極端に速い、あるバンカーだけ砂が違う、あるフェアウェイだけ水が多い。そうした差を一つずつ見つけては、揃える方向に指示を出していきます。
キーワードはConsistency(一貫性)とFairness(公平性)です。私の理解では、競技者にとって本当に困るのは、コースが難しいことではなく、予測できないことです。同じ技量で打った同じようなショットが、ホールによってまったく違う結果になる。それは難しさではなく不公平です。18ホールのコンディションを揃えることは、見た目の問題ではなく、競技の公平性そのものに関わる。私はそう受け止めるようになりました。
もう一つ、クリスが一貫して重視していたのは見た目よりもプレーイングクオリティでした。ボールがどう転がり、どう止まり、どう打てるか。評価の単位が「見た目」ではなく「一打」にあることが、日本の一般的な管理感覚との一番大きな違いだったように思います。

バンカー砂にまで求められたConsistency
その象徴がバンカーでした。
春日井CCでは、これまで排水性を優先した管理をしてきたことなどから、バンカーにはBBB(Better Billy Bunker)の上にシリカサンドを使用しており、砂が柔らかく、ボールが沈みやすい状態がありました。クリスは訪問のたびに、次の3点を求めました。
・ボールが簡単に深く埋まらないこと
・バンカーのスロープに落ちたボールが、ある程度ボトムまで転がること
・砂の厚みが一定していてホールによって砂の状態が大きく違わないこと
柔らかすぎる砂では、ボールが埋まって見つけにくくなることがあります。そうなるとロストボールの可能性が生じ、捜索に時間がかかればプレーペースにも影響します。クリスは現場のバンカーだけでなく、砂置き場で実際に砂を手に取って確認することもありました。

対応として、既存の砂に細粒砂を20%混ぜ、目玉になりにくい状態へ調整しました。
ここで強調したいのは、これが「バンカーを易しくする」ための作業ではなかったことです。スロープに落ちたボールがボトムまで転がれば、プレーヤーは平らな場所から打てる可能性が高くなります。一方で、バンカーショットそのものの技術は変わらず問われます。狙いは難易度の上げ下げではなく、どのバンカーに入っても同じように振る舞う、予測可能なハザードにすることでした。
日本のゴルフ場では、バンカーに関するお客様の声は「硬い」「柔らかい」という話になりがちです。しかし今回の経験からいえば、まず問うべきは「18ホールで揃っているか」ではないかと感じています。

水が足りない8月。水が抜けない9月。

今年の準備期間は、気象に大きく振り回されました。8月は水が足りず、9月は水が抜けない。正反対の問題に、続けて向き合うことになりました。
8月は35度を超える高温・少雨が続き、散水用水の確保が最大の課題になりました。
春日井CCの貯水量は、以前は約42,000トンと考えられていましたが、取水ポンプの位置を見直し、フローター式に変更したことで、実際に使える水量として約45,000トンを確保できるようになりました。
アイテムの面積から算出された春日井CC東コースの散水量は18ホールあたり1日約500トン、東西36ホールで1日約1,000トンを基準に置きました。約45,000トンを1日約1,000トンで割ると、約45日分です。この「残り何日」という数字を毎日更新しながら散水を続けました。実際、散水制御システムの記録では、東コースの8月20日から26日までの7日間の使用量は約3,640トン、1日平均で約520トンと、ほぼ計画どおりの水準で推移していました。しかし40日以上の無降雨と、40度を超える高温があったことで、要求量が上昇し、一時はクラブハウスで使う飲料水(井戸)ポンプで散水用プールへ送り、これも水資源として計算に加えました。
ここで大事なのは、節水そのものを目的にしたわけではないという点です。使用可能量と残日数を正確に把握していれば、「本当に必要な場所には最後の1トンまでしっかり水を使う」という判断ができます。逆に、残量が分からなければ、水位が下がるという不安からどこにも十分に水を撒けなくなるか、あるいは気づいたときには手遅れになります。
私たちは毎日使用水量を確認しながら散水作業を行いました。これまでの勘と経験による節水から、データに基づくWater Budgetingへ。言葉にすると単純ですが、この転換によって現場の判断は大きく変わったと感じています。
記録的な大雨の9月と抜けない水

9月に入ると状況は一変しました。9月1日から28日(執筆時)までの28日間のうち、雨の記録がある日は21日にのぼります。なかでも9月8日には、線状降水帯による猛烈な雨がこの地域を襲いました。気象庁は春日井市付近で1時間に約100ミリの雨が降ったとして記録的短時間大雨情報を発表し、2000年の東海豪雨時の記録を上回りました。
この記事を執筆している時点(9月28日)までの間に、330ミリ以上の雨が降りました。春日井CCでは9月に入ってからは、たった一度しかスプリンクラーを使用していません。
そんな中でもグリーンの芝の状態そのものは悪くありませんでしたが、地面が過湿状態になり、グリーンスピードとコンパクションが上がりません。フェアウェイでも土壌水分が30%を超える状態が続き、グリーンだけでなくフェアウェイでも硬さを出すのにかなり苦労しました。さらにコース内には泥濘箇所も多く発生しました。

地面が緩んだ影響は、芝刈りにも及びました。重量のある機械を入れれば轍が残るため、十分な刈り込みができません。フェアウェイは当初10ミリの刈高を予定していましたが、最終的には14ミリで大会を迎えることになりました。
グリーンについては、大会前の目標・議論の目安として、トッププロだけではなく、様々な技量のプレイヤーがいるので、プレースピードにも配慮して10.5ftから11.0ftが目標値となりました。悪条件の中でもグリーンスピードは11フィート程度まで上げることができました。一方、コンパクションは目標の23に届かない状態が続きました。大会期間中にも降雨が予想されたため、ダメージを与えないようコンパクションは考慮しない方針に切り替えられました。
クリスは測定器を携えてグリーンを回り、スピード、硬さ、水分をその場で数値として確認していきます。ここでも見ているのは、ある1グリーンの数値の高さではなく、18グリーンの数値がどれだけ揃っているかでした。


8月も9月も計画どおりにはいきませんでしたが、判断の基準は同じでした。与えられた気象条件のなかで、18ホールに揃った、予測可能な競技条件をつくること。自然を完全にコントロールすることはできませんが、条件を数字で定量的に把握し、最善の状態に近づけることです。私はアグロノミストとは本来そういう仕事なのだと、この2か月で改めて教えられた気がしています。
「管理しない」ことも管理である

クリスからの指示のなかで、日本の感覚からすると最も意外だったのが、非管理エリアの扱いでした。プレーに直接影響しないエリアについては、すべてを短く刈り込むのではなく、あえて自生している雑草を残すよう求められた場所がありました。
日本のゴルフ場では、コース全面を綺麗に刈り揃えることが高品質な管理だと考えられがちです。しかし、水、燃料、人件費、機械の稼働時間、生物多様性、景観まで含めて考えれば、「どこを管理し、どこを管理しないか」を決めること自体が、コースマネジメントの重要な一部になります。
一方で、プレーラインに影響する樹木については伐採の指示もありました。残すものと手を入れるものの線引きは、見た目の好みではなく、競技への影響で決められていました。管理しない場所をつくることは手を抜くことではなく、資源を必要な場所へ集中させるための判断だということです。
この点に関連して、クリスから興味深い話を聞きました。2026年のThe Openが開催されたRoyal Birkdaleでのことです。欧州で熱波が続き、多くのゴルフ場で芝が乾燥していた当時の環境を踏まえ、The Openでは大会前からフェアウェイへの散水を抑え、その時期の欧州の自然なゴルフコースの景観から大きく乖離しない姿を見せるという考え方があった。という趣旨の話です。この話を聞いて私が感じたのは、世界中に映像が配信される大会で、どのようなゴルフコースの姿を世界に見せるのかまで、R&Aは考えているということです。これはあくまで私の解釈ですが、非管理エリアの雑草を残すという今回の指示も、同じ延長線上にあるように感じました。


R&Aが守ろうとしているもの

約1年間アグロのミストのクリスと、チーフレフェリーのジンと、一緒に仕事をして個人的に強く感じたことがあります。あくまで私個人が受け取った印象でそれを一言でいえば、ゴルフの総本山としての矜持でした。
①100点を目指さなくてもいい
国際競技の舞台であっても、すべてを完璧にすることより、ConsistencyとFairnessを優先する。「80%でいい」という言葉は、妥協ではなく優先順位の宣言だったのだと思います。
②Rules of Golfに忠実である
競技運営の場面でも、判断は常にルールブックに立ち返って行われていました。私にはそれが、ルールに忠実であることを通じて「ゴルフとは本来どういうゲームなのか」を体現しようとしているように見えました。
③現代のゴルフコースの姿を示す
非管理エリアを残すこと、散水を抑えること、必要な場所へ資源を集中させること。これらを通じて、サステナビリティや資源制約の時代にゴルフコースがどうあるべきかを示そうとしているように、私には感じられました。
いずれも私自身が現場での一つひとつの指示から一貫して感じたことです。
日本のゴルフ場は何を学ぶべきか
ここまでR&Aの考え方を紹介してきましたが、私はそれを日本のゴルフ場がそのまま真似るべきだとは考えていません。トーナメントコースと一般営業のゴルフ場では、そもそも目的が違うからです。
日本の営業ゴルフ場では、次のような要素を無視できません。
・プレーペース
・1日の来場者数
・ボール探索にかかる時間
・顧客満足度
・高齢者、女性、アベレージゴルファーへの対応
・スコアを一打一打正確に数えようとする日本特有のプレー文化
たとえば雑草を残した非管理エリアは、プロやトップ競技では成立しても、一般営業ではロストボールやプレー遅延につながる可能性があります。スコアを一打ずつ正確に数えようとするプレーヤーが多い日本では、ボールが見つからないことの負担は、競技の場以上に大きく感じられるかもしれません。1日に何十組もの来場者を迎える営業コースで、トーナメントと同じ設定をそのまま持ち込めば、別の問題が生まれるでしょう。
では、日本のゴルフ場は今回の経験から何を学ぶべきでしょうか。
私は、方法ではなく思想だと考えています。なぜその管理をするのか。何を優先し、何を捨てるのか。R&Aのやり方をコピーするのではなく、その判断の順序を学ぶべきだということです。
具体的に置き換えるなら、たとえば次のようなことです。
・18ホールの「ばらつき」をおさえ、コンセプトに一貫性を持たせる
・貯水量、使用量、残日数を数字で把握し、節水ではなく「使い切れる計画」を立てる
・コース全体を管理エリアと非管理エリアに分け、その線引きを自コースの営業条件(来場者数、客層、プレーペース)に合わせて決める
・作業を「人の判断が必要なもの」と「機械や手順に任せられるもの」に仕分け、熟練者を前者に集中させる

いずれも、国際競技の会場でなくてもすぐに始められることです。
「80%でもいい。一貫していることが重要だ」。約1年前にクリスから聞いたこの言葉は、限られた水、人、予算のなかでコースを預かる日本のゴルフ場にとってこそ、意味を持つのではないかと私は感じています。
終わりに

月刊ゴルフマネジメントに記事を入稿したのは大会初日。初日のグリーンスピードはスタート時点で11ftだった。
幸いにもその後は4日目までの本戦期間中はずっと晴れが続き、グリーンの水分は20%以下まで減少して、最終日には本来のコンディションに戻っていた。
それでもクリスとジンからの指示は、グリーンスピードは1日0.2ポイント以内の変化に抑えること、急激にコンディションが変わると「一貫性がなくなる」というこれまでと同じスタンスだった。結局1日に0.2ずつグリーンスピードを上げていき、最終日は11.6ftで競技を終えた。
さらに初日に決定されたプリファード・ライ(Preferred Lies)のルールは、コンディションが回復した最終日でも適用された。これも途中でルールが変わることで選手がうっかりボールを拾ってしまってペナルティが発生するリスクを防ぐためだと聞いた。
最初から最後まで彼らの姿勢はアスリートセンタードであり、どこまでもコンシスタントだった。
競技そのものよりも運営トラブルに注目が集まった今大会、幸いにもゴルフ競技は大きなトラブルもなく、男子は注目の韓国選手が優勝し、日本人選手が激闘のプレーオフで銀メダル、女子は大会歴史上初めてのインド人金メダリストが誕生、団体は男女とも中国が優勝するなど、発展するアジアのゴルフ市場を象徴する結果となり、欧州や米国の国際ニュースでもピックアップされました。
R&AやIGFといった世界のトップティアとの協働は、毎日が発見の連続で、この仕事を通じて大きく成長できましたし、世界のゴルフ団体が持っているゴルフのビジョンを一緒に体現するという経験ができたことできました。
この機会で得られた経験や知識や自信を自分だけに留めず、こうした発信を通じて少しでもゴルフ産業のお役に立てればと思います。


