この一年ほどの間に私のもとへ立て続けに次のような相談が寄せられました。
「クラブハウスと散水設備の更新資金を出してくれるスポンサーを探せないか」 「後継者がいないまま、気づけば自分は70代後半になった。このゴルフ場をどうすべきか」、あるいは逆に「ゴルフ場を取得したいが良いコースを知らないか?」「海外の投資家が日本のゴルフ場を探しているが、どこか売りに出ているコースはないか?」
相談者の顔ぶれはさまざまです。地方の独立系コースのオーナー、投資系金融機関の担当者、そして親から経営を引き継いだばかりの二代目。しかし、話の中身は驚くほど似通っています。
もし読者の皆様のゴルフ場にも同じような話が舞い込んでいるなら、それは偶然ではありません。個別のゴルフ場の事情を超えた、日本マクロ環境とゴルフ場業界の構造変化が、同時に、全国のゴルフ場に押し寄せている結果です。
ご存知の通り、日本ではアコーディアゴルフやPGMが台頭した2000年代のM&Aブームはいわゆる預託金負債による倒産や民事再生が引き金になりました。この時に候補となったゴルフ場と、いまリストに上がるゴルフ場とは明らかに理由に違いがあります。
まずその実態をマクロの数字で確認してみましょう。
M&Aのデータベースであるレコフデータの集計によれば、2024年の日本国内のM&A件数は4,700件に達し、前年比17.1%増で過去最多水準を記録しました。
2017年に3,000件、2019年に4,000件を突破しており、拡大は一過性ではなく中長期的なトレンドと言えます。注目すべきは案件の「小型化」で、平均取引額は2004年と2023年の比較で半分以下に低下しています。M&Aの主戦場は、大企業の業界再編から中小企業・地域企業の事業承継へと移りました。ゴルフ場の大半は地域の中堅・中小企業です。皆様のもとに打診が届くのは、日本全体が「M&A時代」に入った結果なのです。
さらに、ジェトロの対日投資報告によれば、2024年の対日クロスボーダーM&A(海外資本による日本企業・資産の取得)は前年比24.6%増の208件で、うち米国資本が99件(構成比47.6%)を占めました。歴史的な円安により、日本の不動産・レジャー資産は海外から見て割安に映っており、その資金の一部は確実にゴルフ場にも向かっています。
本稿(前編)では、この構造変化を①インフラの一斉老朽化、②事業承継問題、③黒字でも更新資金が不足する財務構造、④買い手側の投資余力の膨張、⑤世界的な資本再編の潮流、という5つの視点で解説します。
日本のゴルフ場は「更新投資の時代」に入りました

老朽化によるさまざまな問題が全国で一斉に発生している
日本のゴルフ場ストックの年齢構成は極端に偏っています。1980年代後半から1991年頃のバブル期に建設ラッシュが起き、ピーク時には年間100コース以上が開場しました。この時期に生まれたゴルフ場は、現在ちょうど開場から30〜40年を迎えています。
建築・土木の世界では、30〜40年というのは主要インフラの更新周期がほぼ一巡するタイミングです。個々のゴルフ場にとっては「うちもそろそろ古くなってきた」という感覚かもしれませんが、業界全体で見れば、これは過去に経験のない事態です。同じ時期(1980年以降)に開場した1,000を超えるゴルフ場が、同じ時期に一斉に更新投資期を迎える。修繕コストの波が、業界全体に一斉に押し寄せているのです。
クラブハウス・散水・排水・カート道路―老朽化は地上より地下で進みます

実際に私がコンサルの相談を受けたとき真っ先に確認するのは収益ではなく、そのゴルフ場の設備の更新履歴や状態です。
そしてこれは、M&Aにおいての買い手側の視点でも同じです。買収検討のための現地調査で専門家が最初に見るのは、来場者の目に触れる部分ではなく、帳簿にも写真にも表れない地下インフラです。
具体的にどの設備に、いつ、いくら必要になるのでしょうか。以下は18ホール規模を想定した更新周期と概算費用です。なお、費用レンジは公的統計ではなく、ゴルフ場運営・建設実務に基づく推計値である点をお断りしておきます(立地条件・仕様により大きく変動します)。
- クラブハウス(建築物):更新周期30〜40年(RC造の法定耐用年数は47年)。屋上防水、外壁、大浴場を含む水回り配管の全面改修で概算3億〜10億円(推計)。
- 散水設備(配管やスプリンクラー):更新周期15〜30年。ポンプ室と地下配管網の引き直しで概算1.5億〜3億円(推計)。老朽化による漏水・水圧低下は芝の枯死に直結します。
- 排水設備(暗渠等):更新周期15〜25年。概算5,000万〜1億円(推計)。サッチやシルトの蓄積により劣化。大雨後の営業再開スピード、芝の品質、すなわち売上機会に直結します。
- アスファルトカート道路:更新周期10〜15年。打ち替え・拡幅で概算5,000万〜1.5億円(18H推計)。カートや管理重機の耐久性や顧客の安全性に関わります。
- 橋梁・擁壁・池護岸:更新周期30〜40年。概算1億〜3億円(推計)。特に落橋は重大事故リスク要因であり、先送りの許されない投資です。
- 電気・空調設備:更新周期10〜15年。受変電設備やチラーの更新で概算5,000万〜1億円(推計)。
実はこれらの個別の数字よりも重要なのは合計です。
つまり、バブル期に開場した18ホールのゴルフ場を現代の顧客水準に適合させるには、総額で10億円前後、条件によっては十数億円規模の更新投資が必要になる可能性がある。これは例えば客単価1万円で年間4万人で4億円の売り上げを稼ぐゴルフ場が、通常の営業改善で安定的に10%の利益を出していたとしても、20年以上分の利益が吹き飛ぶレベルの経営インパクトをもたらします。
しかも厄介なのは、散水配管や暗渠のように「地下に埋まっていて、壊れるまで見えない」設備が多いことです。クラブハウスの外観がきれいでも、天井裏の空調や配管、コースの地下インフラの寿命は静かに、しかし確実に尽きつつあります。
実際にみなさんのゴルフ場では今後10年間に必要な更新投資の総額を一度でも試算したことがあるでしょうか?
事業承継問題―設備より先に経営者が限界を迎える

インフラの老朽化と同時進行しているのが、経営者の高齢化です。
国税庁の調査によると、日本国内の企業における同族会社の割合は96.5%と世界トップクラスであり、帝国データバンクの調査ではそのうち52.1%の企業で後継者が不足していると言われています。
2024年版「中小企業白書」によれば、中小企業経営者のうち75歳以上の割合は過去最高となり、後継者不在率は改善傾向にあるとはいえ依然として約5割で高止まりしています。バブル期以前からゴルフ場経営を担ってきたオーナー世代が、体力・気力の両面で交代期を迎えているのは業界共通の実感ではないでしょうか。
その帰結は、統計に明確に表れています。全国の営業中ゴルフ場数は2004年の2,356コースをピークに17年連続で減少し、2024年時点で2,121コース、ピーク比で約10%減となりました。2024年4月時点では全国51コースが暫定閉鎖の状態にあります。減少の内訳には経営破綻だけでなく、後継者不在による自主廃業や、太陽光発電・物流施設への土地転用が含まれます。
ここで強調したいのは、意思決定を先送りした場合の「デフォルトの結末」です。何もしなければ、行き着く先は廃業か転用であり、ゴルフ場としての歴史はそこで終わります。すでに全国の1割以上のコースが、その道を辿りました。M&Aはその手前で雇用と会員のプレー環境、そして先祖が残してきたゴルフ場という文化遺産を維持したまま経営を次世代に引き継ぐ、現実的な選択肢として機能しています。
黒字でも更新資金が不足する構造―「黒字老朽化」という罠
ここで多くのオーナーが抱く疑問があります。「うちは黒字なのに、なぜ資金が足りないと言われるのか」。
答えは損益計算書とキャッシュフローのズレにあります。バブル期に建設されたゴルフ場の多くは、建物・設備の減価償却が相当程度進んでおり、会計上の減価償却費は年々小さくなっています。設備投資が滞った結果、減価償却費が小さければ必然的に営業利益は出やすくなります。
しかし、これから必要になる更新投資は、過去の取得原価ベースの減価償却費とは比較にならない規模のキャッシュアウトを伴います。前述の通り、散水設備だけで1.5億〜3億円(推計)、クラブハウスなら3億〜10億円(推計)です。
年間数千万円の経常黒字を出しているゴルフ場が、数億円単位の更新投資を自己資金で賄うには十年単位の内部留保が必要であり、その間にも設備の劣化は進みます。金融機関からの借入で賄おうにも、預託金債務のリスクを抱えたバランスシートでは調達に限界があるケースが多いというのが実情です。
私はこの状態を「黒字老朽化」と表現しますが、損益計算書の上では健全なのに、資本の再投下ができないまま、コースの資産価値や事業価値が、ゆっくりと静かに毀損していく状態です。
倒産のような劇的な破綻ではないため危機として認識されにくいのですが、気づいたときには「更新投資済みの競合コース」との顧客獲得競争に敗れ、収益もコース価値も取り返しのつかない水準まで下がっている。黒字老朽化の本当の怖さは、この「静かに朽ちていく」という点にあります。そして私の見立てでは、全国のいわゆる“名門”と呼ばれている社団も含む独立系ゴルフ場の少なくない割合が、今まさに黒字老朽化へ向かって進んでいると予想しています。
黒字老朽化を防ぐ解は、突き詰めれば「外部資本を入れる」ことしかありません。それは負債か資本かはさておき、その選択肢の一つがM&Aというのは事実です。
あなたのゴルフ場では直近の経常利益と、今後の更新投資必要額を並べて比較したことがありますか?
買い手はかつてなく潤沢―円安・資産価格上昇・投資余力

もちろん売り手側の事情だけではM&Aは成立しません。現在の市場が特異なのは、買い手側の資金力が歴史的にみてもかなりの高水準にあり、厳しいゴルフ場業界をよそに金余り状態とも言える水準です。
野村総合研究所の推計では、2023年時点の富裕層・超富裕層は165.3万世帯、その純金融資産は469兆円といずれも推計開始以来の最多を記録しました。この記事を執筆している2026年時点でも資産価格の上昇はさらに続いています。日本銀行の資金循環統計によれば、2026年3月末の家計金融資産は前年同期比7.1%増、うち株式等は28.6%増となっており、2026年の公示地価も全用途平均で5年連続の上昇しています。
加えて前述の通り、円安を追い風とした海外資本の流入が加速しています。2024年の対日クロスボーダーM&A208件のうち約半数が米国資本であり、ホテル・レジャー等のホスピタリティ資産は、インフレヘッジの効く実物資産として再評価されています。広大な土地と安定的なキャッシュフローを併せ持つゴルフ場が、この文脈で「優良なインフラ的アセット」として注目されるのは自然な流れと言えます。
売り手の供給圧力(老朽化・承継問題)と、買い手の需要圧力(潤沢な投資余力)が同時に高まっているというのが現在のゴルフ場M&A活発化の需給構造です。
あなたのゴルフ場では自社のコースを「買い手の目」で見たとき、どのような資産として映るか、考えたことがありますか?
世界的なゴルフ場M&A・資本再編の潮流
この動きは日本固有ではありません。米国・英国でもPE(プライベート・エクイティ)ファンドが独立系コースを連続買収(ロールアップ)してブランド化・効率化を進める動きが主流化し、豪州では沿岸部のプレミアムリゾート開発、スペインやアイルランドでは欧州観光需要を取り込むリゾート型ゴルフ場の買収が相次いでいます。
日本国内の象徴的事例は、アコーディア・ゴルフの企業価値の変遷です。2016年にMBKパートナーズが約1,500億円で非公開化し、2021年には米フォートレス・インベストメント・グループが約4,000億円で取得しました。そして2024年12月、PGMを傘下に持つ平和がアコーディアの親会社株式を5,120億円で取得すると発表し、両社合計321コースを運営する世界最大級のゴルフ場グループが誕生することとなりました。
わずか8年で1,500億円→4,000億円→5,120億円。プロの投資家がゴルフ場の潜在価値を引き出し、企業価値を3倍以上に高めた事実は、ゴルフ場がもはや「斜陽のレジャー資産」ではなく、グローバル資本が争奪する投資対象として再定義されたことを示しています。
「ゴルフ場は斜陽産業だから安くしか売れない」という思い込みが、社内や家族の中に残っているとしたら、それは古いステレオタイプかもしれません。
M&Aは「撤退」ではなく「持続可能性を確保するための経営戦略」
ここまでの内容を、5つの構造要因として整理しましょう。
- 一斉老朽化:バブル期開場コースの更新投資(18ホールで10億円前後・推計)が業界全体で同時期的に発生しており不可避となっている
- 事業承継問題:経営者の高齢化と約5割の後継者不在により、単独経営の継続そのものが人的に困難になりつつある
- 黒字老朽化:黒字経営であっても、更新投資を自己資金で賄える財務構造を持つゴルフ場は限られる
- 買い手の膨張:国内富裕層の純金融資産469兆円、円安による海外資本流入と、投資余力は歴史的高水準にある
- 世界的潮流:ゴルフ場の資本再編はグローバルな成長トレンドであり、日本最大手の企業価値は8年で3倍超に上昇した
この構図において、売り手側がM&Aを「経営の失敗」「撤退」と捉えるのは実態に合いません。
むしろ、黒字老朽化が進行してコースの価値が毀損する前に外部資本を受け入れ、更新投資を実行し、会員・従業員・地域にとってのゴルフ場の持続可能性を確保するための能動的な経営戦略として位置づけるべきだと筆者は考えています。
廃業やメガソーラーへの転用でゴルフ場の歴史を終わらせることと比較すれば、その意義は明確ではないでしょうか。

後編に向けて
問題は「では、実際にどう進めるのか」です。
まず誰に相談すべきか。自社のゴルフ場の価値はどのように算定されるのか。買い手はデューデリジェンス(買収監査)で何を見るのか。「高く売れるゴルフ場」と「買い叩かれるゴルフ場」は何が違うのか。そして価格だけでは説明できない、ゴルフ場ならではの「承継」の意思決定とは何か。
次回の後編では、典型的なゴルフ場M&Aのケーススタディ、相談先の選び方、企業価値評価の手法、ゴルフ場特有のデューデリジェンス、価格を左右する条件、価格だけでは測れない承継価値、早期準備の重要性、について解説します。

