近年では「ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I = Diversity and Inclusion)」という言葉をよく耳にするようになりました。
今回はD&Iについてゴルフ業界の方々に理解を深めていただくと同時に、ビジネスの成長や組織(特に労働力確保)についてのヒントになればと思います。
D&Iとは何か?
国籍や性別や年齢はもちろん、宗教、学歴や専門性、障害や既往歴、性的傾向など表層的な多様性(ダイバーシティ)に加えて、思想や価値観、家庭環境やワークライフバランス、職務経験などいわる形式化されていない深層的な違いも含めて包含(インクルージョン)することで、誰もが幸福に共存できる社会を目指そうという世界的なコンセンサス(総意)を意味します。
D&Iの歴史と背景
D&Iの歴史は1950年代なかばから1960年代なかばにアメリカで展開された「差別の撤廃と法の下の平等、市民としての自由と権利を求める社会運動」から始まり、人種差別・女性差別・障害者差別などの撤廃を目的とした「社会的弱者の救済」という文脈が強かったのですが、それから半世紀以上が経過した近年では、企業のグローバル化や消費者や購買意思決定者が多様なユーザー層に拡大していることを背景に、「多様な価値観や視点を受け入れることは、商品の開発に役に立つ」という競争優位やリスク分散で必要不可欠という文脈で使われています。
いま日本でD&Iが注目されている理由
日本では少子高齢化で働き手不足が深刻化する中で、多様化する人々の雇用意識やライフスタイルに対して企業が柔軟に対応することは、優秀な人材を確保し、その能力を最大限に発揮してもらいながら競争力を維持するためにも必要不可欠と考えられるようになってきたことが、日本でD&Iが注目されている要因と言われています。
実際に私達の周りでもD&Iは着実に進んでおり、国内の大企業は成長するアジアや欧米に展開するために多くの外国人リーダーを登用しており、企業の経営者としてビザを申請した外国人の数は2000年の863人から2019年には2,237人まで増えています(:出入国在留管理庁)。
また身近なところではコンビニの店員は外国人が急増していますし、ホテルなどのサービス産業は訪日外国人旅行者数の増加(:観光庁 2003年=521万人→2019年3188万人)に対応するために多くの外国人スタッフを海外で採用して日本に赴任させていますし、人材不足が懸念されている情報技術(IT)の分野でも外国人採用は急増しています。
このようにD&Iが注目されている理由は
・人手不足社会においての優秀な人材の確保と、そうした人材の離職を防ぐための文化の構築
・誰もが幸福に共存できる社会を目指そうという社会的なムーブメント
・グローバル化やユーザーの多様化に対応するための商品やサービス開発における競争力の強化
という3つが背景にあることが分かります。
実際に同質性が高い組織と、多様性が高い組織を比較した研究では、企業の業績、チームのパフォーマンス、エンゲージメントにおいて、多様性が高い組織に優れた結果が示されています。
ダイバーシティに関する各種調査 – 経済産業省:
D&Iが苦手な日本の企業(ゴルフ場)
日本は欧米の女性リーダー(課長相当職以上の管理職)30%以上という指標を目標にしていますが、大企業でも10%程度と低く、世界経済フォーラムが2021年に発表した「ジェンダーギャップ指数」でも世界 156 か国中120 位と先進国で最下位になっています。
経済産業省は2018年に、「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン改訂版」を策定し、このガイドラインで「もはやダイバーシティは本当に必要なのかという議論に時間を費やすのではなく、一刻も早く具体的な行動を起こし、実践フェーズへと移行すべきである」と強い問題意識が示されているにも関わらず、実際のところD&Iについての取り組みがほとんどされていないというのが現状です。
しかし日本の企業(ゴルフ場)を見ていると、こうした昨今のD&Iのムーブメントをまるで意に介さないかのごとく、50歳以上の男性管理職(支配人)がずらりと並び、女性部門長やリーダーの少なさが顕著であり、国籍、性別、年齢、宗教、学歴などの表層的な多様性のみならず、思想、価値観、家庭環境、ワークライフバランス、職務経験なども特例を認めない同一ルールの運用を目指す姿勢を堅持するところが多いように感じます。
代表的な原因の一つに、日本のバブルピークに成人を迎えた1970年生まれは200万人以上いたのに対して、2020年に成人を迎えた2000年生まれは119万人と半減しているため、年功序列的の昇進や配置を維持しようとすると、男性年配社員が管理職を独占する状態になってしまいます。
ゴルフ場のような装置産業はただでさえ人材の確保が重要な経営課題であると認識されていますし、サービス産業は女性の就業者数も多く(女性の占める割合が64.7%と全産業で最も多い)、女子の大学等進学率は58.6%と女性の進学率が上がっている現代において、女性リーダーがいない職場は就職先としても敬遠されますし、仮に採用されてもキャリアパス(昇進や昇給の機会)が無いと認識されてしまい女性の離職率が高まります。
また近年は女性ゴルファーの割合も年々増えていますから、サービス開発という面においても、ゴルフ業界はD&Iの恩恵を最も受けやすい産業の一つであるにも関わらず、なかなか推進されていないのが現状です。
ゴルフ場のD&Iを促進するために
もし無難に教科書通りにD&Iを実践したいのであれば、経済産業省による「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」に示されている「7つのアクション」と「3つの視点」などを参考にするのが正攻法と言えますが、一方で多様性と内包を実践しようという組織が行政の指針に従っている時点で多様性や内包性のアイデンティティが自社にないことを示しているような違和感も感じます(苦笑)
そこで私がオススメするゴルフ場の具体的なD&I施策は以下の3つです。
影の理事会(Shadow Board)
組織内から集めた若くて有能な人材が、上層部の意思決定を評価する会議です。
イタリアのハイブランドで有名なグッチは役員会議の意思決定に対して、若手社員を中心に組織した影の理事会(Shadow Board)が出した意見を受け入れたことで、インターネットなどのデジタル戦略が功を奏し、2014〜2018年で売上を2.3倍に増加させた一方で、同じハイブランドであるプラダは役員が次世代人材の意見があったにも関わらず耳を貸さなかったことを後に認め、デジタル化が遅れたことで同期間に11.5%売上を下落させています。
D&Iに慣れていない日本企業の上層部からすると経験も知識もある偉い人達が決定したことに対して、若手の意見で決定が覆されることに抵抗感があると思いますが、そう思ってしまう気持ち(権威主義思想や儒教思想)こそがD&Iの一番の障壁でもありますから、これをシニアリーダーの皆さんが認識することや、次世代リーダーの育成という意味においても有効な手段だと思います。
越境学習
越境学習とは普段勤務している会社や職場を離れ、まったく異なる環境に身を置き働く体験をすることから新たな視点を得る学びのことです。 他社留学、社外留学とも呼ばれます。
私自身は実際に3年間の留学経験や、仕事で海外のプロジェクトや外国人との協働を経験したことで、多様性について学ぶ機会が多かったように思います。
もちろん異なる文化や価値観がストレスになることも多かったですし、何でもかんでも受け入れたというわけではありませんが、越境学習のポイントは「完全アウェイ」という環境です。
自分自身がマイノリティの立場で、相手に理解や変化を求め、私というマイノリティを受け入れてもらうという体験が重要です(受け入れる立場ではなく、まず受け入れてもらう立場になることがD&Iを体験として学ぶという意味)。
そういう意味では日本のゴルフ場だけではなく、特に働く価値観が異なったり、女性のGMが活躍している海外のゴルフ場、国内でもゴルフ文化が異なる地域を候補に入れることで効果があります。
外部ファシリテーターを活用する
ゴルフ場に限らず外部人材は社内の人事評価の対象に含まれないため、忖度がなく正論を言いやすい(聞きやすい)という立場にあり、特に終身雇用や年功序列などの旧来的な組織文化が残る組織では効果を発揮するケースが多く、組織改革などの社内のコンフリクト(対立)を伴うような改革の場合には、短期的に関与する人材の方が後腐れなく執行をサポートできるというメリットもあります。
私が書くことでポジショントークに思われてしまうかもしれませんが、名著「失敗の本質」でも語られているように日本の組織は過度に組織融和を重視することで失敗を繰り返したり、誤った方針が変えられない傾向が強いので、日本企業にこそ「評価の影響を受けず正しいことを言ってくれる」外部人材が有効だと思います。
D&Iとは個人の成長ではなく組織の成長
最後に私自身のまとめとして書き記しておきたいのは、多様性や異なる価値観を受け入れるというのは、嫌なことや合わない人を我慢するということではないということです。
例えばこの記事内でも取り上げたように、女性管理職の比率を引き上げましょうという目標がD&Iでよく登場しますが、女性の管理職比率を一定以上とすることを制度化することはダイバーシティの本質と言えるのでしょうか?
またインクルージョンの旗印のもとに、納得いかないことや、嫌なことを受け入れることがD&Iの本質と言えるでしょうか?
おそらく多くの方がこれに違和感を持っているというのが事実だと思います。
私が思うD&Iとは「関係性の成長」です。
私も含めて人間は気の合う人とは仲良く出来ますし分かりあえます。
家族や友人はもちろん、同じ職場、同じ学校、同じ部活、同じ年代、同じ出身地、共通の経験やバックグラウンドがある人とは良い関係を築くことができますが、一方で異なる立場、価値観、経験を持っている人とはどうでしょうか?
それを制度や社風という名を借りた同調圧力によって実現していくことは、誰もが幸せと思える社会の実現、健全なD&Iと言えるでしょうか?
本文内で書いた私自身の越境学習の体験を通して言えば、D&Iの本質とは、他者や環境の影響を受けて自己変容していくこと、また逆に自分が他人に影響を与えることで相互発達に貢献すること、この相互成長という関係性こそがD&Iの本質と言えるのではないでしょうか。