今から約70年前の1957年時点で日本全国には116のゴルフ場があったそうです。
戦後の高度成長を追い風に、約20年後の1975年にその数は1093コースとなり、1992年のバブル終了時点までに国内のゴルフ場数は2028コースになりました。
この数字から分かるころは、1960年から1990年には毎年約50コース以上が新設された計算になります。
バブル崩壊後もゴルフ場建設は続き、2002年には歴代最多となる2467コースが日本国内に存在していたと言われています(日本ゴルフ場事業者協会資料)。
その後は平成不況によって預託金(会員権債券)の返済が困難となったゴルフ場の倒産が相次ぎ、2002年には108件のゴルフ場が倒産しました。その後2011年の東日本大震災の際には204コースが営業を停止するなど閉鎖が相次ぎ、現在営業中のコースは2133コース(一季出版2023年4月時点)まで減少しています。
このように、日本のゴルフ場は1990年代以降ほとんど新設されておらず、国内の2000以上のゴルフ場は開場から30年以上が経過しており、当然のようにクラブハウスやコースの設備は老朽化、近年では多くのゴルフ場が老朽化設備の大規模修繕の悩みを抱えています。
このゴルフ場の修繕問題をただの現状復帰で終わらせるのか、それとも未来への投資に繋げるのか、そこに日本のゴルフ産業の未来がかかっていると言っても過言ではありません。
大規模修繕が必要な主なゴルフ場設備
ゴルフ場はハウスや駐車場なども含めると18ホールで約100万平米の面積を持つ巨大な施設です。
プレイヤーが過ごすクラブハウスでは一般的な建物と同じように「屋根」や「壁・床」の修繕はもちろん、電気、ガス、水道などの「配管」に加えて、お風呂を沸かすための「ボイラー」なども直すとなると大きな金額が必要になります。
また一般プレイヤーはほとんど見る機会がないのであまり知られていませんが、コースの地下には「散水(スプリンクラー)用の配管」や、雨でもフィールドに水が溜まらないようにするための「排水設備(桝や菅)」が埋められています。さらにカート道や橋などの「構造物」や、コースを管理するための芝刈り機などの「重機」も当然年々消耗していきます。
こうした設備は一般的に耐用年数が30年前後と言われており、1990年前後のゴルフ場建設のピーク期に開場を迎えたコースが、今まさにこうした設備の大規模修繕のタイミングを迎えているのです。
さらに忘れてはいけないのがコースそのものです。
メジャートーナメントを開催するような歴史的なゴルフ場が頻繁にコース改修をしていることからも分かるように、「木製ヘッド」「スチールシャフト」「糸巻きボール」でプレーしていた1980年代と比べて、現在はプレイヤーの飛距離も飛躍的に伸びていますから、コースそのものが現在のプレイヤーのニーズを満たすものではなくなってきており、私たち日本人のゴルファーはいまだに古い時代のコースをプレーしているという現実があります。
ゴルフ場の設備投資の2つの問題
資金調達の問題
こうした設備を改修する際には当然多額の費用が必要になりますから、まずこの資金の確保(ファイナンス)をどうするかという問題があります。
内部留保がないゴルフ場の場合は、会員権の追加発行などでその資金を調達したり、あるいは一度に大量の資金が出て行かないように工期を分割することでキャッシュフローを平準化するなどの工夫をしています。
ゴルフ場は低収益かつリスクが高い事業と見なされていますから、金融機関などからの資金調達が難しいという点も考慮しなくてはいけませんから、自ずと資本調達コストが割高になります。
投資リターンの問題
こうした設備投資はCAPEX(Capital Expenditure = 資本的支出)と考えられ、設備投資の意思決定はROI(Return on Inbestment = 投資収益率)や、IRR(Internal Rate of Return)を用いて算出され、設備投資をするかどうの意思決定がなされます。
ゴルフ場の収益率は低すぎる
ここで問題になるのが、ゴルフ場の収益率の低さです。
例えばGPIF(日本積立金管理運用独立行政法人)は日本の年金などの原資となる資金を運用していることから、堅実な運用をしている大型投資機関ですが、直近20年の運用利回りは約4%です。国のお金を預かっている都合上、その投資目論見については公開されていますから、事実上GPIFと同じポートフォリオを組めば、誰でも金融投資で毎年4%のリターンは出せるということになります。
ですから事業者はこの4%という投資利回りレートを超えない限り、事業にお金を投資する価値が見出しにくくなってしまいます(投資の最低期待利回り)。
一方で日本のゴルフ場はPGMやアコーディアなどの規模の経済性を活かした高収益事業者を含めても、全国平均で3.5%という営業利益率です(東京商工リサーチによるゴルフ場757社の2021年調査結果)。
低収益になってしまう要因は、ゴルフ場の過剰供給に加えて、DXの遅れ、サービスのコモディティ化(差別化不足)、税負担(固定資産税やゴルフ場利用税)の問題などが挙げられます。
特に税負担については、ゴルフ場利用税は勿論、外国では運動施設は国民の健康を育むとして固定資産に課税しないという方針が多いことを考えても、日本のゴルフ場は外国のゴルフ場に比べて相対的に儲からないという事実がありますから、外国人投資家からの資金調達も難しいと言われています。
この結果ゴルフ場オーナーにとってゴルフ場への設備投資というのは、経済的・合理的に見ればとても割に合わない投資ということになりますが、老朽化設備をそのまま放置するわけにもいかず、「泣いて馬謖を斬る」ような想いで投資を決定をしているような現状です。
経済性以外の投資の価値について考える
一方で、近年はSDGsやESG投資などのトレンドが加速しています。
利益一辺倒の資本主義的考え方が否定される中で、新たに社会課題を解決するための投資の必要性は世界的なトレンドになっています。
これは「いくら儲かったか?」という物差しで投資の行為を評価(資本主義思想)するのではなく、「どれだけ社会の役に立ったか?」という倫理的な物差しで投資の行為を評価しようという新しい思想(新資本主義思想)とも言えます。
改めて日本の問題について考える
日本では今多くの社会問題を抱えています。特に少子高齢化に伴う労働人口の減少、それを要因とした労働環境(賃金や休日)の是正の遅れ、インフレ、円安、将来の年金不安などの経済の低成長に関わる問題はもちろん、地球温暖化による自然災害や環境問題、さらに男女格差や世代格差などの問題も解決の方針が見えないままです。
ゴルフ場こそ社会や環境に配慮した投資を
私が提言したいことは、そんな時代のゴルフ場の設備投資だからこそ、お金だけではない判断軸を採用すべきだということです。
ゴルフ場用地は地域の自然の大部分を占めていますし、そこで働くのは地元の方達です。
老朽化設備をただ現状復帰するのではなく、こうした社会問題に対して配慮した投資を実施することで、ゴルフ場の持続可能性は大幅に向上し、地域の尊敬を集め、さらに国民の健康や幸福にも繋げることができます。
もちろんゴルフという文化継承の視点も重要です。
会員の方達も、自分たちが支払うお金が、社会や環境に役立っていることを知れば(もちろんそのような情報発信は大切ですが)、その取り組みに共感してコミュニティへの帰属意識を高めてくれると信じています。
21世紀のゴルフ場に求められる4つのフレンドリー
こうした社会に配慮した投資を検討するためのフレームワークで考えていきましょう。
オペレーションフレンドリー
一つ目はオペレーションフレンドリーです。
前述しているように、ゴルフ場のみならず日本の社会は少子高齢化によって労働力不足が顕著になってきています。特にゴルフ場のような労働集約型産業では、施設を維持するだけでもかなりの人手が必要になりますから、ゴルフ場の人手不足問題は世界のゴルフ産業が共通して抱えている課題です。
無人のチェックインやチェックアウト(精算)、レストランのテーブルオーダーリングシステムなどのサービスオペレーションのDXはもちろん、ゴルフコースでも特に手間がかかる芝刈りを効率的に行うための自動散水システムや散水レイアウトの再構築や、非管理エリアの設定、世界標準となっているバンカー基盤の再構築への投資も、管理作業の削減に繋がり、従業員の人数や負担を劇的に削減することができます。
ユーザーフレンドリー
ゴルフ場もサービス業ですから、サービス向上という観点は不可欠です。
現時点では日本人男性の60歳以上が利用者の50%を占めるという超同質的な状況(日本レジャー白書)ですが、今後のマクロ環境を考えると、日本人高齢男性だけをターゲットにしているゴルフ場はユーザーが減少し淘汰されていきますから、女性、若者、外国人、障害者の利用者の割合が相対的に増えてくることが確実です。
特に30年以上の長期に渡って償却される設備更新の際には、性別、年代、国籍、宗教などの多様性を受け入れられるようなユニバーサルな設備をイメージしていくことが重要です。
乗り入れ可能なゴルフカートの導入や、それが可能となるようなフィールド(芝や土壌やカート道)整備も投資の対象として有効です。
エコフレンドリー
ゴルフ場が多く使用している農薬や肥料の中には環境負荷が高いものも含まれています。
もちろん使用が禁止されているわけではありませんが、ゴルフ場で主に使われている窒素系肥料は温暖化の原因になるとしてヨーロッパでは使用が規制されていますし、緑化を維持するための薬品(殺虫剤や殺菌剤)も過剰利用すると生態系に影響を及ぼす可能性も危惧されます。
もちろんこうした農薬や薬品はゴルフ場に限らず、我々が日常的に接種する食品などにも大量に使われていますから、ゴルフ場だけが規制意識を高めることその是非についての判断は難しいところですが、少なくとも世界のゴルフ場のコース管理手法もオーガニックトレンドになっていますので、この潮流をしっかりと認識することが重要です。
また重機を動かすためのガソリンも環境資源ですから、これを省力化していくという観点でもオペレーションフレンドリーで述べたようなコース設備への投資は有効です。
ソーシャルフレンドリー
最後は地域貢献という視点です。
ゴルフ場は大きな面積を有する施設で、地域の中でも大部分を占めるだけではなく、その運営をしているスタッフは地域の方を集めています。そうした地域との密接な関係が無くして成り立たないのがゴルフ場ですから、地域の方達への貢献という視点も重要です。
例えばコミュニティースペース(集会場)としての活用はR&Aが建設しているスコットランドのグラスゴーで建設中のゴルフファシリティにも計画されていますし、完全自動化ではなく高齢者や女性の雇用を可能にするための重労働を軽作業に変えるような省力化投資、また観光や旅行が税収になっている地域では目的地型ゴルフ場になるための設備投資なども、日本の社会課題解決には有効です。
ビジネスモデルを変える設備投資を
この記事の主張の軸になっているのは、ゴルフ場への設備投資では「お金以外の物差しが必要である」ということですが、一方で事業の継続にはお金が必要ですし、従業員の方達の賃金を上げるためにも、収益性を高めていくことは必要不可欠です。
その上で、設備投資をする際には、既存の事業のあり方(具体的にはビジネスモデル)を見直してみてください。
ビジネスモデルとはすなわち収益構造です。ゴルフ場の主な事業収入は「プレー代」「飲食代」「年会費」で、費用は「コース維持費」と「減価償却費」と「人件費」というシンプルなものです。
設備投資をするということは「減価償却費」という費用が増えることを意味しますから、3つの収益源の構成費が変わる、もしくは新たな収益源を増やすことがビジネスモデルを変えることを意味します。
具体的な例としては、プレー代収入よりも年会費収入が上回るように設備投資を考える、入場料などの新しい収益項目が増えるように考える、人件費を減らして減価償却費を増やすといった具合です。
この記事が多くの一般ゴルファーに理解され、そして多くのゴルフ場関係者の目に触れることで、日本にも素晴らしいゴルフ文化が継承されていくことを願っています。